2014年07月28日

◆独裁者・習近平が処刑される日

平井 修一


何清漣女史は「北京の『反腐敗』の影響とそのボトルネック」でこう書いている。

<習近平の反腐敗の真のボトルネックは、その規模にあるのではなく、目標を既得権益層の最大の受益者グループである太子党にまで広げるかどうか、にあります。

現在、習近平はすでに江沢民の時代につくられた「最高トップの中共常務委員は何をしてもどんな罰も受けない」という潜在規則を破りました。しかし現在までに失脚した汚職役人には中共の元老の子供や孫の紅色家族メンバーはひとりもいません。

(平井:失脚したのは主に江沢民派の平民ばかりで、それ以外の習の属する太子党など代々の紅色貴族はほとんど失脚していない、ということ)。

このような反腐敗の身分的分別は現在進行中の摘発の信用に影響を及ぼします。成果があがっても却って民衆は信用しないでしょう。紅色家族の腐敗に逃げ場を開けておくならば、その腐敗は限りなく(存続し)、役所の腐敗はなくなりません。

私は国のためだろうが中共自身のためだろうが、天下の民草のためだろうが、現在の段階の反腐敗はやるべきことだし、もっと力をいれてやるべきである、と思っています。それがいかに大変なことかはわかっていますが、そして第二段階の政治改革までやるというのはほとんど不可能だとも承知しています。

しかしそれでも私はこの文章を書いてみたかったのです。それはこの国の未来に対する“ほんの小さな希望”として>

絶望的な中共にあっても「反腐敗はほんの小さな希望」なのだって・・・ずいぶんとナイーブだなあ、やっぱり女なんだなあと思ってしまう。「政治改革」とは中共独裁を止めることであり、中共が利権を放棄することであり、そんなことは「ほとんど不可能」どころか絶対あり得ないのに。

反革命・反中共の全国暴動、騒乱、内乱を起こして中共党員を処刑するしかないのに・・・何清漣は甘すぎる。毛沢東曰く、「政治はきれいごと、お上品なやり取りではない。殺すか殺されるかだ」。

大躍進、文革、64天安門などで中共独裁により流された8000万人の血は、中共党員8000万人の血で贖われなければならない。これが原則、大前提だ。

伊藤努氏(外交評論家)の論考「全権掌握でタカ派政治 習近平『皇帝』」(朝雲7/24)から。

<共産党が支配する中国の最高意思決定機関は、習主席以下の7人(平井:チャイナセブン)で構成する党政治局常務委員会だが、内情を知る中国人専門家によれば、現指導部では習主席は政治局常務委における「皇帝」であり、その下に李克強首相を含む「6人の助手」がいるにすぎなくなっているのだという。

習主席の指導スタイルは前任者の胡錦濤前主席とも対照的で、「前主席は他の政治局常務委員と共同で政策決定を行っていた」とこの専門家はサイト記事の中で一級の極秘情報を明かしている。

中国人専門家の見方を裏付けるように、昨年6月の米中首脳会談に立ち会ったオバマ米政権の高官も、重大な戦略的決定は習主席一人によってなされていることを確信していると語っていた。

絶大な権力が一人に集中した感がある習主席の統治方法のもう一つの特徴は、軍と密接な関係を築いていることであり、彼の元には政策決定する際の判断材料となる情報や分析が、軍ないしその周辺の対外強硬論者からもたらされる構図ができているとされる。

権威主義体制下の最高指導者によるトップダウン統治のリスクを認識し、予想し得る有事に備える対応を十分練っておく必要があるのではないか>

“金北豚”同様、独裁者・習近平の最後の拠り所は軍隊だ。軍は習に忠誠を誓い、習は軍の利権を保証する、というウィンウィン状況にある。

「中国の『トラ退治』が失敗に終わる理由」(FT7/25)から。

<習氏が、政敵を追い落とし、誰が実権を握っているのかを示すことで自らの権力基盤を固めるために汚職撲滅運動を使っているのは間違いない。だが、その熱意は、他にも事情があることを示唆している。

習氏は、汚職が共産党支配の正当性そのものを蝕み始めていると結論付けたように見える。

だが、その狙いが本当に中国から汚職を追放することであるなら、今回の運動は失敗する運命にある。その理由は2つある。

第1の理由は、戦いが行われているやり方だ。独立した司法制度がないため、汚職撲滅運動は結局、法律による裁きではなく、共産党による裁きになる。

身柄を拘束された人の多くは確かに有罪かもしれない。だが、裁判がしばしば通り一遍の不十分なものであったり――あるいは秘密でさえあったり――するうえ、裁判官が党の支配下にあることから、我々には確かなことが決して分からない。中国国民にとっても同じことだ。

どれだけうまく行ったとしても、汚職撲滅運動は結局は恣意的で政治的動機を持ったものと見なされるのだ。

2つ目の問題は、それと関連している。汚職撲滅運動は、これまで以上に多くの人々、産業、政府機関がその渦に飲み込まれており、毛沢東主義者の粛清の恐ろしい特徴を帯びているように見える。

だが、限界があると考えてまず間違いない。絶対に影響を受けない人もいる。結局のところ、計り知れない蓄財の疑惑は、組織の最高幹部まで行き着くからだ。そうした疑惑は、過去の指導部だけでなく、現在の指導部にも矛先が向けられる(平井:そんなことはできやしない)。

では、すべてはどこで終わるのか? 習氏はいずれ打ち切りを命じなければならないと考えるのが妥当だろう。思いも寄らない可能性があるとしたら、それは18世紀のフランスのように、革命が我が身を破滅させる結果になることだ>

フランス革命・・・か。国王ルイ16世は王制に対する国民の反発を緩和するために漸進的な改革を目指したが、特権階級と国民との乖離を埋めることはできなかった。

1789年7月14日のバスティーユ監獄襲撃を契機としてフランス全土に騒乱が発生し、国民議会が発足、革命の進展とともに王政と封建制度は崩壊した。ルイ16世と王妃マリー・アントワネットはあえなくルイ16世特製(「刃は斜めにしたほうが斬れやすい」と改良を指示)のギロチンの露と消えた。素敵な切れ味だった。

習と彭麗媛夫人もチャウシェスク夫妻のように反旗を翻した軍により銃殺されるのだろう。あるいはムッソリーニのように首を吊られるのか。我々は現代史のクライマックスを近く目撃する。全国3000万の老人、中共殲滅、支那解放へ決起せよ。のんびり熱中症で往生している場合ではないぜよ、靖国で会おう!(2014/7/26)
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