2014年09月01日

◆中国経済キーワード「新常態」のワナ

河崎 真澄


統計への疑念と成長鈍化

中国にも年末恒例の「流行語大賞」があれば、2014年は「新常態(ニューノーマル)」が大賞候補だろう。

中国共産党機関紙、人民日報が8月上旬、「中国経済新常態」と題した特集を4日連続で1面に掲載。高度成長から中高速成長へカジを切る習近平指導部の狙いが、金融リスクの回避や製造業の供給過剰問題への対処など、経済構造の改革にあると訴えた。

その後、連日のように「反腐敗」や「独禁法」など習指導部の政策をことごとく「新常態」を切り口に説いた記事が、経済紙や地方紙などの紙面を飾っている。記事からは、習指導部が国内総生産(GDP)成長をゆるやかに減速させながら、中国を「新常態」に移行すると内外に宣言したと読める。成長鈍化の痛みを伴ってでも、構造改革を断行したい習指導部の思惑がありそうだ。

習指導部が「新常態」を公の席で多用するようになったのは、今年下期の経済政策を討議した7月末の党中央政治局中央委員会の前後からだ。

8月上旬、避暑地の河北省北戴河で開かれた党幹部や長老らによる非公式会議で「新常態」がキーワードとして承認され、それがまず人民日報に反映されたとみられる。

物価上昇分を除く実質GDP成長率で前年比10%前後を謳歌(おうか)してきた中国。10年に名目GDPで日本を追い抜いて世界2位の経済大国の座を得たが、習指導部が誕生した12年には8%成長を13年ぶりに割り込んで7・7%に減速した。それが今年は1〜6月期が前年同期比7・4%だ。

それでも日米欧などから見れば垂涎(すいぜん)の成長率だが、中国には政府目標である7・5%成長にこだわる理由がある。

中国ではGDP成長率1%で約130万人分の新規雇用が創出されると試算されており、毎年1千万人近くの大卒者など高等教育を受けた若者の就業先を確保するボトムラインは7・5%となる。さらに習指導部は2年前、20年までに10年比で名目GDPを倍増させ、住民の所得を倍増させるとまで公言している。

いずれも格差是正や社会安定の確保が念頭にあり、おいそれと取り下げられない。

仮に景気が悪化して失業率が増大したり、所得が落ち込んだりした場合、経済格差に苦しむ一般住民の不満をどう和らげ、社会不安を抑制するか。その予防線として、「新常態」というキーワードに期待しているのではないか。

問題はしかし、「鉄道貨物輸送量など実態に即した3つの経済統計から判断して、中国の成長鈍化は推定値も大きいGDP統計数字を下回る可能性がある」(三井住友アセットマネジメントの浜崎優シニアストラテジスト)との疑念が消せないことにある。

グラフにあるように12年以降、鉄道貨物輸送量がほとんど増えない中、GDPが7%以上成長することなど可能かとの見方だ。「新常態」で理解を求めるGDP統計の鈍化以上に、実態は水面下でむしばまれている恐れがある。

浜崎氏が判断材料に使った3つの経済統計は(1)鉄道貨物輸送量(2)電力消費量(3)融資規模−だが、これは李克強首相が遼寧省党委書記だった07年に、ラント駐中米国大使(当時)に対し「GDPよりも政策判断で重視している」と語ったとされる数字だ。

内部告発サイト「ウィキリークス」が公開した米外交公電に登場する発言で、中国紙も「李克強指数」と命名。今年6月には日本の内閣府が中国経済の実像を知る手段として材料視するなど、注目され始めた。

公電には李氏が、「中国のGDPは人為的に操作された数字で信頼できない」とまで話したと記録されている。

この3つの統計数字を10年から通年で前年比で並べてみると、いずれもGDP実質成長率よりも落ち込む傾向が大きいように見える。「中国の実際のGDP成長率はせいぜい3〜4%で、発表されている統計の数字は“水増し”されている」との厳しい見方をするエコノミストも多い。

長年にわたり地方政府幹部の人事考課に、GDP成長率が大きな比重を占めてきたことと関連性があるという。福建省が8月中旬、省内34市の評価基準で地域単位のGDPをはずす決定をしたことなど各地でGDP至上主義が終焉(しゅうえん)を迎えていることも、GDP統計の不正確さを裏付ける傍証になるのかもしれない。

GDP統計で数字の“お化粧”をしつつ、流行語のように用いられる「新常態」とのレトリック(修辞)で経済実態の悪化を覆い隠そうとするワナが万が一にもあるとすれば、中国はむしろ国際社会から「アブノーマル」のレッテルを貼られることになる。(上海支局長)

産経ニュース【日曜経済講座】2014.8.31


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