2014年09月09日

◆石破を角栄と比較をすれば見えてくる

杉浦 正章




石破は政局あって政策なし
 


いまはもう列島改造の田中角栄と地方創生の石破茂を比較して語ることのできる現役記者は筆者以外にほとんどいなくなった。


長期政権の下での総裁候補としての二人には似通っている部分がかなりある。しかし、根本的な政治姿勢が異なる。


政治の妥協としてあてがわれた地方創生相なるポストに甘んぜざるをえない政治家と、無役となって起死回生の崖っぷちに立たされ、自ら創設した自民党都市政策調査会を政権奪取のとりでとした政治家の意気込みの違いが浮き彫りになってくる。


テレビで「安倍さんが来年再選できる環境を作るのが私の仕事」と公言してはばからない石破には、政局目標があって政策目標がない。田中はまず政策があって、これを政局へとつなげたパターンだ。


田中は66年に佐藤政権の幹事長を外され無役となった。まかり間違えば無聊(ぶりょう)を託(かこ)つことになりかねなかったが、ふつふつとした政治への情熱はそれを許さなかった。


石破はあてがわれたポストがとっかかりだが、田中は自ら作ったポストで「次」へのジャンプを試みたのだ。
自民党にかつてなかった大型の調査会「都市政策調査会」を発足させて自ら調査会長に就任したのだ。


自民党内は、これを田中の“旗揚げ”と捉え「先物買い」の空気が横溢して大物議員はもちろんライバル派閥の福田派や三木派まで続続と参加する超大型調査会となった。これを支える官僚も各省庁が選りすぐりの人材を提供し、中でも通産省の小長啓一と経済企画庁の下河辺淳は白眉(はくび)であった。

これと比較すれば発足した「まち・ひと・しごと創生本部事務局」は各省寄せ集めの70人で構成するいわば「烏合(うごう)の衆」であり、しかも本部長は首相・安倍晋三。これは成功すれば安倍の手柄、失敗すれば石破のせいという図式だ。そこには「先物買い」などというムードはかけらもない。


加えて設置の目標も雲泥の差がある。田中が「工業再配置と交通・情報通信の全国的ネットワークの形成をテコにして、人とカネとものの流れを巨大都市から地方に逆流させる “地方分散” を推進すること」という、すきっとした政策目標を掲げていたのに対して、創生本部は何をやるのか曖昧模糊(あいまいもこ)としている。

既に各省庁が特別枠への参入をあてこみ「地方創生関連」と銘打った予算をこぞって要求、下手をするとばらまき予算となる危険まで出てきた。

例えば国土交通省は整備新幹線まで関連予算に計上しており、何でも「地方創生」でまかり通りかねない状況を当て込んでいる。そこには地方創生の名目だけが踊り、定義自体が定まっていないことをいみじくも物語っている。


石破の会見やテレビ談義はなめらかだが、理路整然として内容がない。ただ一言「地方再生を東京対地方の構図にしない」と述べているだけでは心許ない。


「まずは総括から始める」と、列島改造、田園都市構想、ふるさと創生などの政策を総括する方針を明らかにしたが、予算編成はどんどん進んでおり今さら総括でもあるまい。


既に地方創生構想は総務省、農水省、国土交通省、経産省などが縦割りで進めている政策が存在しており、その中で石破が調整力を発揮するのは容易ではない。政府・自民党で「地方創生調査会」などを設置して、石破がリーダーシップを発揮するような気配もない。


田中の都市政策調査会は1968年に「都市政策大綱」としてその成果を発表した。東京一極集中からいかにして均衡のとれた総合的国土活用ができるかの視点で、その内容は6万語に及んだ。

産業の適正配置と分散、高速鉄道・道路網の整備、地方単位の快適生活環境都市づくり等ではっきりした方向性を示し、これが田中が政権を取るに当たっての「日本列島改造論」に直結したのは言うまでもない。


佐藤長期政権の重圧のもとで、政局でなく政策でよく突破口が開けたと、今さらながらに田中の政策面での洞察力とリーダーシップを感ずる。また佐藤の度量の大きさもあったのだろう。


背景には佐藤という重圧に加えて福田赳夫、三木武夫という強力なライバルを抱えた田中を取り巻く環境と、安倍以外は当面敵なしの石破の環境との違いがあるのかも知れない。


石破は安倍だけを見ていれば政権は転がり込むと思っているのだろうか。石破はおそらくテレビ局の要請があれば皆受けているのだろう。土日にかけての全てのニュース番組に登場した。登場することで存在感だけは示しておこうということだろう。


加えて評判の悪かったTBSラジオでの「幹事長留任発言」を訂正しておこうということだ。従ってその発言内容は、安倍が外遊中にもかかわらず、ひたすら安倍に対する恭順の意をあらわすものであった。


あるテレビでは徳川家康の政治姿勢とされる「鳴かぬなら鳴くまで待とう時鳥(ほととぎす)」を信条として選択し、信長の「鳴かぬなら殺してしまえ時鳥」と秀吉の「鳴かぬなら鳴かしてみしょう時鳥」は選ばなかった。


「総理総裁である安倍さんが3年で終わることはないと1000回は言ってきた」と強調していたが、そこには政局を見る目だけがあって、列島改造論に見られるような政策への意欲、見識は感じられなかった。


これでは安倍という武神の足の下で手足に枷(かせ)をはめられている邪鬼のようにしか見えない。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)
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