五十嵐 徹
ジュール・ヴェルヌが『八十日間世界一周』を上梓(じょうし)したのは1872年。日本は明治維新を経て、ようやく国を挙げての近代化に乗り出した頃である。新橋−横浜間で、日本の鉄道が正式に開業したのもこの年だ。
ヴェルヌは、その3年前のスエズ運河開通に着想を得たとされるが、船旅中心の当時と違いさすがに今は航空機の時代。世界を一巡りするだけなら80日どころか80時間もあれば十分だろう。移動手段の飛躍的発達で、世界は随分と狭くなった。
◆なぜいま懸念と不安か
開業当時の新橋−横浜間は、全線29キロで53分を要したと記録にあ る。
それが、昭和39(1964)年には東京五輪に合わせて、東海道新 幹線が開業。翌年には、東京−新大阪間の約550キロを3時間あまりで 結んで、世界をあっと言わせた。
いまや東阪間は「のぞみ」なら2時間半を切る。今秋にはいよいよリニア中央新幹線が着工の予定だ。完成すれば大阪まではわずか1時間強となる。
強力な磁力で車両を10センチも浮き上がらせ、毎時500キロ以上の超高速で走らせる。日本の超電導リニア技術は、世界最先端の水準にある。本格的な高速鉄道への導入も、これが世界初となる見通しだ。
とりあえず2027年には、名古屋まで先行開業させる計画で、現在は山 梨県内の実験線(全長42・8キロ)で最終段階の調整が行われている。 この夏、たまたま試乗の機会に恵まれたが、吸い付くような走り心地は、想像以上に快適だった。
だが、着想から半世紀、鉄道屋ならずとも、胸がときめく夢のプロジェクトの実現だというのに、着工が近づくにつれ、新聞各紙の論調には懸念と不安ばかりが目につく。
たとえば朝日。ことしだけでも3回はリニアを社説で取り上げているが、「早めにブレーキを」(5月5日付)、「発車前に対話深めよ」(6月26日付)とプロジェクト自体に不信感を隠さない。7月28日付では「これが最良の選択か」の見出しで「そもそも必要なのか」とまで述べている。
毎日も5月12日付で「このまま突っ走るのか」と書き、今月6日付で は「本当に進めて大丈夫か」と着工を牽制(けんせい)している。
◆「格差拡大」は短絡では
掲げる理由は大きく2つ。1つは環境への懸念だ。
可能な限り直線コースを走るため、都心部でリニアは深さ40メートル 以上の大深度地下を進む。南アルプスでは過去に例のない長大トンネルの建設にも挑む。名古屋までの区間286キロの実に86%がトンネルだ。 残土だけでも東京ドーム約50杯分が発生する見込みである。
国の環境影響評価(アセスメント)を経たとはいえ、前人未到の工事には予想外の事態も起こりうる。メディアとして疑問点は指摘し、万全を期すよう求めるのは当然だろう。
気になるのは、もう1つの指摘である。
朝日は「人口が急速な減少局面」に入り、「東京一極集中と地方の疲弊が問題になっているのに、3大都市圏の合体化が最適の処方箋なのか」と疑う。いくつかの地方紙でも似たような論調が見られた。心配は理解できるが、やや短絡した議論とならないか。リニアの建設と地方の疲弊を、単純に因果関係で結ぶだけでは問題は解決しまい。
公共事業としての新幹線整備はいいが、純民間事業として行われるリニア建設は見直せという理屈も分かりにくい。求められるのは、リニア技術を日本経済の再生にどう生かすかの知恵だ。国としての成長力を失えば、地方の底上げもない。
◆悲観から夢は描けない
『八十日間世界一周』でヴェルヌは、開国間もない横浜の風景も描き、『海底二万里』ではノーチラス号の旅を日本沖から始めている。だが、当の本人は、一度たりとも日本に立ち寄った形跡はない。
それでも、描かれた世界がリアリティーをもって迫ってくるのは、科学的知識の裏付けに加え、常に未来を肯定的に捉える目があるからに違いない。
訳者の一人である江口清も「ヴェルヌは現在では架空の絵そらごとと見えることも、やがて未来にあっては実現しうるという決意の元に書いた」と解説している。過度の楽観は禁物だが、悲観ばかりが先立つようでは夢は描けない。
来年は、そのヴェルヌが77歳で世を去って110年。泉下の冒険小説 家にリニアの未来はどう映っていることだろう。(いがらし とおる)論説委員 産経ニュース【日曜に書く】2014.9.14