2014年09月17日

◆朝日と仕事をする書き手はいなくなる

佐藤 優



人間は食べずに生きていくことはできない。それだから、生活の糧を稼ぐ仕事をめぐる掟(おきて)は、誰にとっても重要な意味を持つ。

11日、朝日新聞社の木村伊量社長が会見を行った。東京電力福島第1原発事故をめぐる「吉田調書」問題や慰安婦問題にマスメディアの質問は集中したが、筆者は池上彰氏の寄稿をめぐる朝日新聞の対応に最も強い違和感が残った。昨日の会見で池上氏の寄稿についての木村社長の言及を引用しておく。

公器たり得ない場

<記者「慰安婦報道については池上彰さんの連載コラムを掲載しなかったことについて批判があった。紙面でも説明があったが木村社長のお考えを」

 《記者に指名され、木村伊量(ただかず)社長がマイクを手にした》

木村社長「いわゆる池上さんの『新聞ななめ読み』というコラムは長い間、朝日新聞の売り物のコラムでした。私も好んで読ませて頂いております。今回、池上さんから原稿を頂いた。その内容が朝日新聞にとっても厳しいものであるという話は編集幹部から聞きました。私は感想は漏らしましたが、編集担当の判断に委ねてあのような経過をたどったということです」《判断を編集担当に委ね、自身の責任逃れをしているようにも取れる発
言。木村社長はこう続けた》

木村社長「途中のこととはいえ、途中のやり取りが流れて、言論の自由の封殺であるという、私にとっては思いもよらぬ批判をちょうだいしました。結果として、読者の信頼を損なう結果になったことには私も社長として責任を痛感しているところです」>

本件の発端となった8月29日に掲載予定の池上氏の原稿には、朝日新聞の慰安婦報道検証が遅きに失し、「過ちを訂正するなら、謝罪もするべきではないか」との記述があった。朝日新聞側がそれに過剰反応し掲載を見合わせた。このことが週刊誌などに漏れたので、あわてて9月4日朝刊にこの連載を掲載した。

本件について、朝日新聞社の判断に問題があったことが手厳しく批判されている。この程度の批判を受け止められないようでは、朝日新聞は自由な言論の場を提供する公器といえなくなる。しかも「新聞ななめ読み」は、「鮮度」が重要になるコラムだ。掲載、不掲載の判断を先送りにして、記事の「鮮度」が落ちることを放置しておくという対応も不誠実だ。いずれの点でも朝日新聞の判断は間違っていたと思う。

秘密を守れぬ組織

同時に、今回の事件は別の観点からも深刻な問題をはらんでいる。この掲載見合わせに関する情報が、池上氏からでなく、朝日新聞側から漏れたとみられることだ。記者会見で、木村社長は「途中のこととはいえ、途中のやり取りが流れて」と述べているので、問題の所在はわかっているようだ。

新聞や雑誌は編集権を持つ。認識や利害関係の違いから、著者と編集部の間で、さまざまなやりとりがなされることがある。それについては双方が同意しない限り外部に漏らさないというのがルールだ。そうでないと書き手は、編集部に秘密情報や率直な意見を伝えることができない。

少し古い話になるが、2001年のことだ。田中真紀子外相の信用を失墜するために、一部の外務官僚は、首脳会談の公電(外務省が公務で用いる電報)を含むさまざまな秘密情報をリークした。秘密を守ることができない組織に、リスクを冒して機微に触れる情報を伝える人はいない。こういう稚拙な工作をしたために、外務省は国内外で信用を失った。

池上事件で露呈したように編集サイドから、書き手との間で信頼関係に基づいて秘密裏に打ち合わせている事柄が外部に流出する状態では、朝日新聞と本気で仕事をする書き手がいなくなる。(作家、元外務省主任分析官)(SANKEI EXPRESS)【地球を斬る】2014.9.16

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