2014年09月19日

◆誤報は歴史の全てを消してはくれない

 
浅野 勝人 (安保政策研究会  理事長)



「宝塚山中に伊藤律氏―本社記者が会見  無精ヒゲ、鋭い眼光。
 
“潜伏の目的は言えぬ”」1950年9月27日、朝日新聞朝刊、三面中央に掲載された伊藤律の記事です。

 
記事は「目隠しをされて乗せられた車は、石ころの多い山道を約二十分登って停車。宝塚山中の茂った松林に月光が流れる。下から人の登ってくる気配がした。月明りはその男の顔をまともに照らしている。

無精ヒゲをはやしほおは疲れて落ち込んでいるが眼光は鋭い。幾分四角の顔つき、確かに伊藤律氏だ。時刻は午前三時半である。」と臨場感あふれる「神戸発」の会見記は一問一答が続きます。
 
 
これは、レッドパージ(共産党幹部の追放)に伴って逮捕状が出されたため、地下に潜った日本共産党幹部の一人、伊藤律と会見した特ダネ記事です。捜査当局が血眼になって追及して捕まらない人物との単独会見記ですから「伊藤氏現るの報に当局、緊急手配」の記事が続きます。

 
ところが、なんとも架空の捏造、神戸支局記者の作文でした。誤報というよりまるっきりインチキの虚報。朝日新聞は、三日後に社告で謝罪して記事を取り消しました。捏造記事を書いた記者は特ダネが欲しかったと心の内を明かしました。

縮刷版を見ると、関連記事を含めて7段白く塗りつぶし、「(お断り)ここに掲載された伊藤律氏との会見記は事実無根と判明したので全文を削除しました」とあります。
 
 
慰安婦狩りをしたとウソを述べた「吉田清治証言」を丸呑みした戦時慰安婦問題に関する誤報。命令に違反して撤退と断じた東京電力福島第一原発事故に関わる「吉田所長調書」をめぐる誤報。自分でサンゴを傷付けて捏造報道した「サンゴ落書き虚報」は、「まぼろしの伊藤律会見記」を含めて、いずれも朝日新聞の専売特許です。

朝日には欠落している何かがあるのではないかと思ってしまいます。

私の知る朝日の記者は、A君もB君もC君もみんな早稲田や東大の秀才ですが、社会人として礼儀をわきまえた常識人ばかりです。


しかし、思えば、誤ったエリート臭ぷんぷんの鼻持ちならない記者も朝日に圧倒的に多かったように記憶します。自分は誰よりも頭が良くて、自分の見解は絶対に正しい。だから他社に優る特ダネを書くのは自分しかいないという思い上がった朝日特有の傲慢(ごうまん)さが産み落とした誤報、虚報ではないでしょうか。
 
 
報道の自由は、不偏不党をかざして中立公正を求め、是々非々の立場で「権力と対峙」するから認められている権利です。その際、忘れてはならことは、強い責任感と高い倫理観を担保に保証されているという点です。


この必要にして絶対条件をないがしろにした報道は、ジャーナリズムであることの放棄を意味します。これは、NHK政治記者、解説委員として20年、国会議員、政府高官として20年、取材する側と取材される側両方の体験から学んだ真理です。
 
 
記者会見で「政府が右と言っていることを左とは言えない」と言ったNHK会長の発言は、誤報、虚報とは次元の異なる報道機関とは何かを理解していない別の問題です。
 
迷惑千万なのは、両吉田誤報の騒ぎによって、戦時下の慰安婦問題、原発の再稼働可否をめぐるエネルギー問題に別の視点、いわば格好の議論のタネを提供してしまい、本質論を見失しなわせてしまう情況を生んだことです。

 
朝日が犯した大罪は、自らの体質を改める血のにじむ努力を伴うのは当然の義務です。合わせて、誤報が戦時慰安婦問題に与えた影響について、今後、世界に十分間違いを認識してもらう努力は欠かせません。


但し、もっと重要な視点は、誤報に委縮して自信を失い、人道問題から目を逸(そ)らす要因にすることを許したら世界の信頼を改めて失うことになります。これは朝日に百叩きの刑を科することとは別の問題です。だから、私は監視の意味を込めて、朝日新聞の購読を続けます。

 
翻って、戦時下の慰安婦問題が再燃したのは、旧日本軍が強制、管理に関与したかどうかを調査すべきだという指摘に端を発しています。


反語として、軍の関与はなかったから、関与を前提にしている「河野談話」(1993年8月4日、戦時慰安婦に対して反省とお詫びを表明した宮沢内閣河野洋平官房長官談話)の根幹に誤認があると示唆しています。主として、自民党右派と維新の会の主張です。


朝日の「慰安婦狩り」記事撤回で鬼の首でも取ったかのようで、案の定、それみたことかの合唱です。
 
 
そもそも、慰安所の設置や慰安婦の扱いについて、当時、強制連行・管理した詳細を記録に残す軍人ないしは軍属がいたとは到底思われません。

そんな事実が判明したら軍の権威は失墜し、後々に計り知れない汚点を残す結果となります。もし、仮に正直に記録していた軍関係者がいたとしても、敗戦が色濃くなった状況下では、秘密書類の中でも真っ先に焼却・処分して撤退するのが軍の常識です。一番知られたくない文書だからです。従って、戦後70年経った現在、改めて調査してみたところで証拠となる文書を見つけるのは困難でしょう。

 
「河野談話」をまとめる段階で、韓国側とすり合わせをしたかどうかを問題視する感覚についてです。
 

およそ外交文書、外交上の重要文書を関係当事国同士が水面下で折衝を繰り返してまとめあげるのは常識です。共同声明作りが、下準備の事務レベル交渉の段階で決裂して発表されなかった例は幾らもあります。

「河野談話」は日本政府の声明ですから、確かに韓国側と事前折衝をする類の文書にはなじまないという指摘が的はずれだとは決めつけられません。しかし、問題を解決して沈静化させるための声明ですから、発表して事態が却ってこじれてしまったのでは声明の意味がありません。
仮に、内々、韓国側の了解を求めた経緯があったとしても当然の外交的思慮と言って差支えないと考えます。

 
 過日、日中戦争の発端となった北京市郊外の盧溝橋に足をのばし、合わせて「中国人民抗日戦争記念館」を見学してきました。日本軍の残虐行為を嫌と言うほど見せつけられるものと覚悟して入館しましたが、赤軍(中国共産党軍)の膨大な資料に埋め尽くされていて、日本軍の関係にはわずかなスペースを割いているだけでした。


ただ、数枚の写真のなかに慰安所を見回る日本軍人、慰安所の設置や慰安婦の扱いに批判があるので慎重にするよう注意を促す日本軍の内部文書が展示されていました。分りやすく言うと軍の関与を示唆する公文書です。

ちょうど夏休みで、バスを連ねて大勢の小学生が見学に来ていましたので、余計に気になったのは、南京事件で百人斬りを競った二人の軍人が日本刀をかざして得意満面で立っている大きな特ダネ写真を掲載した東京日日新聞の報道でした。
 
 
 もう、アジア基金によって、償い事業の終了したことですから、改めて引き合いに出したくありませんが、日本軍占領下のインドネシアで起きた「白馬事件」があります。

17才から28才のオランダ人女性35人を民間人抑留所からスマラン市内の四か所の慰安所に強制連行した事件です。戦後、連合国によるB、C級軍事法廷で裁かれ、責任者の陸軍少佐は死刑。軍人、軍属11人が有罪になっています。


罪名は強制連行、強制売春、強姦罪です。白馬の意味をここで書く勇気は、私には 到底 ありません。1994年のオランダ政府の報告書には、200〜300人のオランダ女性がインドネシア各地の慰安所に連行されたとあります。

 
 誠に残念ですが、オランダ人女性の尊厳を踏みにじった強制的行為が、中国やその他の地域ではなかったとは考えにくい。誤報は、朝日新聞の権威を失墜させましたが、歴史の事実を塗り替えることにはなりません。



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