2014年09月23日

◆米国人記者が犠牲になる理由

松浦 肇


黒髪の女性ジャーナリスト、ニコール・タンさんは新進の戦場カメラマンだ。リビア、エジプトと争乱の絶えない中東地域を飛び回っている。

米国に最近戻ってきたタンさんには、決して忘れられない思い出があるという。それは2年前の2012年、内戦下のシリアを取材していたときのこと。

同年の11月22日夕方、タンさんは友人である米国人ジャーナリスト、ジェームズ・フォーリー氏とシリアとトルコの国境付近で合流する予定だった。だが、時間になってもフォーリー氏は現れない。

フォーリー氏の案内役兼ドライバーだったシリア人に電話すると、嫌な予感が当たった。合流地点に来る途中、武装集団に襲われたのだという。

タンさんにとって、フォーリー氏は「戦場取材の先輩」だった。物資に乏しいシリアの病院の窮状に心を痛めていたフォーリー氏は、救急車を調達できるよう有志に呼びかけるような「行動の人」でもあった。

だが、今年8月、タンさんは悲報に接する。フォーリー氏は、氏を拉致したイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」に惨殺された。

AP通信によると、「イスラム国」はフォーリー氏の家族に1億3250万ドル(約144億円)の身代金を要求、フォーリー氏の家族は一部を篤志家らから募っていた。一方で、米連邦捜査局(FBI)は家族側に「身代金を払わないでほしい」と要請したとされる。

米国のジャーナリストの間で、テロ組織による拉致・誘拐事件の多発が関心事となっていることはいうまでもない。

今月初め、米コロンビア大ジャーナリズム・スクールが新入生向けに開いた「紛争地帯を担当する」なる討論会もこうした問題意識に端を発する。「ジャーナリスト(誘拐の身代金)が(テロ組織の)資金源となっている」(パネリストとして出席したロイターのデービッド・ロード氏)からこそ、誘拐事件が増えるのである。

ロード氏は前職のニューヨーク・タイムズ(NYT)記者だった08年、アフガニスタンでイスラム原理主義勢力タリバンに拉致された経験を持つ。当時、ローズ氏がタリバン兵に「私は紛争当事者の目線で報道してきた」と訴えたところ、「ならば、より多くの金をふんだくれるな」との答えが返ってきたそうだ。

テロ組織による誘拐事件に詳しいNYTのルクミニ・カリマチ記者によると、「誘拐が増えるのは欧州勢がひそかに身代金を支払うから」という。

公式には決して認めないが、フランスなど大陸国の政府は身代金請求に応じるらしく、08年以降、国際テロ組織アルカーイダ系の武装組織には計1億2500万ドル(約136億円)の資金が渡ったとされる。

一方で、「テロリストとは交渉しない」という方針を貫く米国と共同戦線を張るのは英国など一部だ。だからこそ、米英の人質が真っ先に殺されるのである。

これは経済学で用いるゲーム理論、「囚人のジレンマ」を想起させる。「協調(欧米が共同して身代金支払いを拒否)した方がより良い結果(誘拐事件の減少)になるのに、協調しないので、全体として悪い結果(誘拐増)になる」という概念だ。

身代金支払いは、非協調どころか、囚人(欧州大陸国)が、他の囚人(米英)を一方的に裏切るケースともいえる。

そこで、うまみを覚えたテロ組織は誘拐を繰り返す。

フォーリー氏の悲劇は、対テロや外交政策で深まる米英と欧州大陸国の「溝」が一因となった可能性がある。(ニューヨーク駐在編集委員)

産経ニュース【視線】 2014.9.22
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