2014年10月15日

◆従軍慰安婦問題の本質

大江 洋三



古森義久氏によるアメリカレポート(will緊急特別号11」月)によれば、残念ながら日本軍によるsex slaveは常識になっている気配である。国家的犯罪視されている部分もある。

人権侵害そのものなら、米国の黒人差別などを例に出して反論すれば済む事だが「軍の関与」に「女性の人権」が付くとややこしくなる。被害妄想はいくらでも膨らむようだ。

一方で、ソ連軍のベルリンや満洲侵攻戦、韓国軍のベトナム戦における凄まじい婦女暴行は不問である。なぜなら、兵士個人の勝手で、軍の関与はないと知らん顔なのだ。

いずれにせよ、戦場の荒々しい性慾を野放しにした軍の責任者が、人権侵害として追及されるべきだがされない。少なくとも、日本では全くされない。

一昨年、ニューズウイーク日本語版で「各国とも慰安婦はいたが、軍(国家)の関与を認めたのは日本政府だけ」という趣旨に出あった事もある。結果、not moneyが許されて、get moneyが女性の人権侵害という妙な事になっている。

おまけに朝日新聞は後者に逃げ込んで、不幸な慰安婦に転化している。こうなれば、朝日の退路を塞ぐべく言いたくない事も言わざるをえない。

●まず、恐れずに慰安婦=売春婦だと主張すること。また両性についても理論武装をしておく事は、陰に潜むジェンダー・フリーと戦う為にも必要である。

売春が男の一方的性慾事情だけで成立するはずがない。

男と女は同じ人間には違いないが、裏表に貼り着いて存在する別の生き物である。そうでなければ、男と女に分かれてこの世に生まれる理由(わけ)がない。物理学用語を借用すると男と女は「対・生成」する。

性交は底に根をはる両性の生物学的理由(性慾)による。逆らい難い「種」の存続本能である。これが一方通行であるはずがない。朝日批判がテーマだった読売系のミヤネヤで、女性コメンテーターが「慰安婦と聞いただけで胸が痛む」と語っていたが、瞬間にいかがわしいと思った。「女を 隠している」と。

この種の女子達が、従軍慰安婦問題に安住してきたのは確かである。意に反して「イヤイヤした」と恰好つけられる分、軍の強制があった方が都合は良かったのではなかろうか。その分だけ日本男児の名誉は貶められているのだ。

●実生活でも「女性が強い」と実感されている男子は多いと思うが、性慾も強かなのである。

若い頃の少ない寝物語からすると、思春期の頃は男子に劣らず悶々とする。違うのは男子が「突き動かされる」衝動に対して女子は「嫌なものが全身に広がる」イライラだそうだ。

そう言えば、女子の性感帯はいたるところに在る。

この「衝き動かす」と「受け入れ清めたい」という慾求が合致して性行為が成立する。

後者は母性の本体であり、ナイチンゲールの存在理由でもある。この種の話をすると、大概の女子は顔をしかめて俯いてしまう。

この衝動の強さも対・生成すると考えた方が実態に合う。艶めかしく誘う力は、女子に与えられた「腕力」である。

この腕力に屈した男子も多いだろう。女子用語では「落とす」と言う。自慢するようだが落とされた事もある。

種の存続本能からすれば、男の性慾は「種を撒きたい」女の性慾は「種を選びたい」である。

これは理性に依るものではない。優れて生物学的理由による。こうして一円でも安く買いたい性と一円でも高く売りたい性が、対・生成する。つまり、売春は女子の性慾が迎える行為でもある。満たされる喜びも満たす喜びも、対・生成する。男と女に別れて生れたのだから当たり前である。

もう三十数年も前のジェンダー・フリーの勃興期に、「女性の性の自立」の会議が放映された事がある。

すると、視聴席でマイクに憤懣をぶつけた女子が現れた。「男は性慾をお金で解決できるからいいが、私のような戦争未亡人の性慾処理はどうなるのか。女は損だ」

会場はシーンとなった。多分、この女子は言ってはならぬ事を言ったのだ。

●思春期の性慾の悩みについては、生理がある分、「女が損」だと寝物語に愚痴った子がいた。

この「女は損だ」と受け身にたつ女心そのものが問題なのだ。そこを人権屋に突かれるのだ。

当時の売春は、貧しい家の女性自立の職業でもあった。善・悪ではなく、そういう時代があったとしか言いようがない。

それにも拘わらず、降って湧いたような「女性の人権」により貶められたら、当の女子達はいたたまれないだろう。

「女性の人権」問題がいかがわしいのは、今の道徳律を過去に遡及させるか らだ。そんな理屈が許されるなら、18世紀まで続いたキリスト教社会の 魔女狩りは今なお断罪されなければならない。

女性の人権をワザワザ半島に遡及させたのは日本の福島瑞穂ほか人権派弁護士である。

その理由は、岩波の「世界」を読むと一通り書いてある。何事につけ「差」を探して全部「差別」にする。

日本と半島の差も差別・被差別。男と女の性差も差別・被差別なのだ。ジェンダー・フリーや夫婦別姓主義者が半島系に多いのが解る気がする。

●昨年、某会合で「従軍慰安婦問題を解決できるのは大和撫子しかいない。私達の男達はそんな悪い事はしない」と参加の女性達にお願いしたことがある。

流石に「女の性を正直に語れ」とは云えなかった。確かに自身にも人権がよく行き届いていたようだ。

もっとも10年前から、臆することなく手を変え品を変え女子たちに「男と女の性は真裏に張り付いている」と話している。偏えに日本男子の名誉回復のためである。

男も女も性慾がゼロになるときは死である。つまり生と性慾同伴する。もう一つ加えておくと、男子だけ女子だけの団体は足りない性がある分、放置しておくとトゲトゲしくなり易い。虐めも異性間では起こりにくい。

従軍慰安婦問題は、大和撫子が正直に戦地のsex consolationを訴えれば即決する。

「男達が戦場で生死をかけている時、なんで女達が慰めに行かれずにおられましょうや。それが女の喜びですもの。いまさら不道徳だなんて」当時の半島は日本の一部だったことも確かである。決して、今でいう植民地ではなかった。

ここら辺りになると、従軍慰安婦問題は歴史認識の問題になる。韓国政府が常に歴史認識を持ち出すはずだ。

●男の理窟をたてるなら、戦場でこそ管理売春が必要であると開き直る事である。荒々しい戦場の性を抑制する理性的措置だったと。

ユーラシア大陸では、兵士へのご褒美や慰労として強姦・略奪を黙認した歴史が各所にある。新大陸でも同様に起きたし、文字通り性奴隷がいた。これらの罪も人権で遡及したらどうか。

支那派遣軍司令官は、戦場兵士のトゲトゲしい性慾対策に苦労したのであって、他所の軍隊のように決して放置していた訳ではない。

「一緒にするな!」と吠えようではないか。


  
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