2014年10月22日

◆アメリカという国

前田 正晶


3462号のtoku3様の投稿を興味深く拝読し、そのお言葉に敬意を表します。

私が興味を感じた点は加瀬英明氏を採り上げておられた辺りです。加瀬氏が高名な評論家であるのは疑いもないことでしょう。一方、私は一部には「英語屋」ないしは「アメリカ家」と言う有り難くないようで有り難い札を貼られた経験もあります。

もし加瀬氏との間の違いを挙げよと言われれば「私はアメリカ人の会社で嘗てはトリプルAに格付けされ、Forbesで40位以内に入っていた大手企業で、アメリカの為にアメリカ人の思想と哲学と論理に従って(抵抗はあったものの)22年余りも働いてきた経験があるということ。こういう経験者、ないしはもっと長い年月アメリカ人の指揮下で働いてきた方はおられるでしょう。

しかし、彼等との文化と思考体系の違いを論じる機会を与えられて多くの異なった場で発表の機会を得た人は少ないと思います。もっと簡明直截な表現を使えば「加瀬氏はアメリカ人に使われたご経験はなく、その豊富な海外でのご経験から論じておられる点が私との違いか」と思うのです。

私は再三アフリカ系アメリカ人と膝つき合わせて語る機会などなかったと言ってきました。それは属していた階層が異なっているので、縦にも横にも交流しようもなく、Forbesで100位以上の会社が本社のこれという部署にアフリカ系以外でも採用する機会は希だと言うことでもあります。私は彼等の社交性の高さを何度も指摘してきました。その社交性の巧みさは我が同胞には期待できないし、また真似できないでしょう。

彼等はその巧みさで階層の違いなどを微塵も意識させず感じさせもない扱いをしてみせるので、彼等の文化と社会構造を知らないと、簡単に言わば騙されて「自由・平等で差別もない素晴らしい国」という錯覚(幻想)を起こさせると思っています。

私がこのような我が国との大きく且つ多様な相違点をこれまでに纏めた語ったことはないと思います。だが、書き上げてみれば、アメリカに対する先入観を捨ててお読み願わない限り、違和感が出てくるのは確実だと思います。それは彼等の中で違いを知らざるを得ない立場にいた者が言うことを、いきなり読まされても当然のことで、疑問符ばかりになってしまうでしょうから。

1990年に本社事業部で志願して語った”The cultural differencesexisting between Japan and US business society”は90分を超えました。しかし、これだけではとても語り尽くせないと思う違いが歴然としてあるのです。8代目のCEOのGeorgeの後継の一族ではないCEOは、シアトルの街中で出会った東京事務所の一マネージャーを拾って自分が運転する車に乗せて本社まで40分かけて送り、後から後から質問攻めにして私の考えと知識を知ろうとしました。冷や汗の40分でした。

我が国の大手企業の社長がこういう振る舞いをするかと思う時に、文化の違いを痛感します。何れが良いか悪いかを論じていませんが。こういう違いを事細かに語れば一冊の本では収まらないかと危惧します。

しかし、それとてもアメリカの全人口の5%程度かと言われるアッパーミドル以上の層を語っているに過ぎないのでしょう。私は他の層のこと名知りませんから語る材料がありません。それでもアメリカ通の如くには振る舞える知識
はあると言えるのでは。
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