2014年10月25日

◆閣僚辞任を生む政治文化の悪弊

佐瀬 昌盛
 


就任1カ月半で2人の女性閣僚が辞任に追い込まれた。辞任の原因は違う。が、お粗末さは共通している。脇の甘さだ。やらずもがなの内閣改造で、女性だからとの理由で2人を登用した安倍晋三首相にも緊張感が欠ていた。

小渕優子議員は後援会の観劇会費をめぐる政治資金収支報告書の説明に窮し、松島みどり議員は配った「うちわ」の問題で、同じ日にそれぞれ経済産業相と法相のポストを去った。特に小渕議員の場合、9月の内閣改造で“目玉”と見られただけに、安倍政権にとっての打撃は大きい。そこで私見。

 ≪華やかさの陰の落とし穴≫

51年前、西ベルリンに留学中の私は偶然、ある青年に出合った。早稲田大学を出て、西欧を貧乏旅行中の男。テレビチームと一緒に「壁」撮影の仕事をしていると、若者が手伝わせてくれと加わった。後年の小渕恵三首相である。

小渕政権時代、私はまだ防衛大学校にいたが、ベルリンでの出会いを『文藝春秋』のエッセーで書くと、噂のブッチホンがかかってきた。苦労人で気取らぬ人柄の政治家だった。娘の優子議員のことは報道でしか知らないが、苦労人ではなく、父の「ビルの谷間のラーメン屋」の味を知るまい。(主宰者註:福田赳夫・中曽根康弘と同じ選挙区で余技なくされた苦労のこと)

そこに彼女の落とし穴があった。順風満帆で足許を見なかった。華やかな存在だっただけにメディアは「将来の首相候補」と報じ、本人も悪い気はしなかっただろう。

わが国でも「女性が輝く社会」の扉が遠からず開かれるとの期待が世間に強まりつつあった。そこへこの転落劇。野党は「水に落ちた犬」叩きを喜ぶ始末だ。

しかし、野党とて政治的、社会的な女性登用には異論がない。私も同じこと。女性に能力発揮の機会が拡大されるのは、国家的見地からしても望ましい。

ただ、女性登用を自己目的化してはなるまい。それは本末転倒である。あくまでも結果として女性の活躍が目覚ましいのがよい。そのために必要なのは男性による推挙でなく、女性自身の不抜の努力だろう。先進民主主義国の実例はそのことを物語る。女性よ、実力を蓄えよ。

 ≪悪慣習つくった吉田茂首相≫

今回の女性2閣僚の辞任はしかし、より深い反省をわが国に求めている。われわれの政治文化の問題がそれだ。第2次安倍政権では発足して約18カ月間、内閣改造がなかった。戦後新記録だそうである。が、私はむしろその短さにこそ驚く。

それでは大臣が自分の担当する省庁の実務に強くなれるはずがない。予算を1回こなして初めて自分の省庁の仕事がほぼ理解できるからだ。2回経験を積んで、ようやく一人前。在任期間の短い素人大臣は官僚に頼る。逆に官僚出身閣僚は比較的長持ちする。

日本にしかないこの妙な慣習は一体、どこから来たのか。

この悪弊の生みの親は、言わずと知れた吉田茂首相である。このワンマン首相はすでに第1次吉田内閣で、ころころと大臣の首をすげ替えた。あまりにも目に余ったので昭和25年、ある野党議員がそれは憲法上は合法だがと前置きして、こう論難した。「極端に申しますると、1箇月ごとに全員を更迭して、1、2年するうちに全自由党議員を大臣前歴者にすることもできるわけであります」

吉田茂は敗戦日本が生んだ大宰相だった。もうひとつの敗戦国ドイツのアデナウアーと並んで、戦勝国との交渉、西側世界への自国の編入に余人の及ばぬ功績があった。

しかし、組閣と政権運営に関しては両人の手法はまったく違った。ワイマール共和制の失敗に学んだ西独首相は政権の安定を第一義とし、14年に及んだ長期政権で閣僚交代は最小限に抑えた。それが女性のメルケル首相に至るまで、ドイツの政治文化となった。

 ≪行政権に優先する立法権≫

閣僚人事に関する日独の政治文化はまるで違う。腰を据えて行政に当たらせるのと、頻繁な閣僚交代とではどちらがよいか。言うも愚かであろう。

頻繁な閣僚交代は何も自民党政権だけの悪弊ではない。戦後日本でも幾度か政権交代があったが、いずれの政権も与党ないし連立与党内に大臣病患者を抱え込んでいた点では共通性があった。特に先年の民主党政権期には入閣待望組がうじゃうじゃしていた。どの閣僚ポストかは問うところでなく、大臣になることが目標だった。面従腹背の官僚が喜んだはずだ。

もう1つ言おう。政治家の頭の中では立法府と行政府の順序が逆転している。憲法上は前者が後者に優先する。が、戦前の帝大時代から「末は博士か大臣か」なる言い回しがあったことが暗示するように、現実政治の世界ではこの関係が逆転している。あえて書生論を唱えるが、これは誤りである。

理念上、立法権は行政権に優先する。現実は逆だ。が、この点で筋を通した政治家がいた。衆院議長になった坂田道太だ。昭和から平成への移行期に大混乱した自民党には彼に首相就任を望む声があった。坂田は、立法府の長だった人間を行政府の長にするのは間違いだと断った。それがあるべき政治文化だ。(させ まさもり)防衛大学校名誉教授 
産経【正論】2014年10月24日 (情報採録松本市:久保田 康文)

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