石岡 荘十
10月21日の本誌で、高名なピアニストであり、優れたエッセイストでもある中村紘子さんが、30年近く前、朝日新聞記者のインタビューを受け、不愉快な思いをした経験を紹介した。その直後、「犯人見つけた」とブログの主宰者である渡部亮次郎氏に一通のメール寄せられた。
私は本誌で「いまさら犯人探しをしても詮無いことだが---」と書いたが、メールには「犯人探しをしてみました。すぐに見つかりました」とあった。
それによると、中村さんをインタビューしたのは当時朝日新聞の編集委員佐籐光房さんで、ご本人は2007年、74歳で病死、とのこと。メールには生前の佐藤氏のカラー顔写真まで添付してあった。
メールは、1999年2月1日の天声人語に触れている。その書き出しはこうだ。
<去年の冬、新聞社の先輩、コーボー(光房)さんのことを書いた。彼は10年 前、次女みどりさんを交通事故で奪われた。3日後が結婚式の予定だった>---。天声人語はさらに<記者生活の残りと、退職してからの年月を、コーボーさんは車社会の無法を訴え、告発することに費やしてきた>。
佐藤氏は交通事故の遺族を全国に訪ね、(中略)、冊子『遺された親たち』(T〜Y)に遺族の悲しみをまとめた。天声人語は珍しく、と2日続きで佐藤氏が交通事故の悲惨を訴えたことを紹介した。この冊子のうちの一つに、中村さんが送った手紙が掲載されている、とメール氏は書いている。
30年近く前だという中村さんの経験談と今回のメール、それにこの天声人語の記述を総合すると、中村さんに対する無礼・非礼なインタビューをしたのが佐藤氏であることは疑いない。ただ「読者のページ」(「声」)欄の掲載日やその内容は確認できなかった。
しかし、佐藤氏が読者を装ってお嬢さんの事故を投稿、悲惨な事故を訴えたことは間違いない。
だとすると、これは「なりすまし」だ。読者を騙したことになりはしないか。それだけでなく、佐藤氏のお嬢さんの事故は当時、社内では知る人ぞ知る出来事であったものと考えられ、朝日は社員が書いたものを投書という形式を取ることによって車社会の無法を訴えた、つまり「やらせ」だった疑いも拭いきれない。
その目的がいかに正しいものであっても、だから何をやってもいいというものではないだろう。「なりすまし」、あるいは「やらせ」だったとしたら、「声」は読者の声を反映する欄ではなくなる。「声」欄に対する信頼を取り戻すためにも、今からでも、佐藤氏の”投書”が採用された経緯を明らかにした上で、「なりすまし」あるいは「やらせ」であることが確認できた場合には、記事を取り消した上で謝罪すべきではないのか。同時に、中村さんには、当事者が故人となった今、社として非礼を詫びるべきだろう。
「声」欄の編集責任者のご見解や如何?
なお、佐藤氏は33年当時、秋田県警記者クラブで主宰者のライバルだったという。奇遇というべきか。