眞鍋 峰松
以前、一度記述(平成22年7月25日の“我が畏友の死”)したのだが、毎年一回高校同期の仲間の集まりがある。
同期生全体では8クラス400人だが、その中で色々な経過を経て、日常的に連絡を取り合う仲間が13人(当初は14人で物故者1人)。 この13人の仲間達も、15〜16才の紅顔(厚顔)の美少年時代(?)から55年以上も経ち、今や全員前期高齢者。
卒業した大学や専門分野が違い、社会人としてのその後の身の振り方も様々だが、今ではその殆どが現役を引退。 今では、僅かに現役に医者が二人、大学教員一人として残るのみ。
そして、高校卒業後現在に至る迄、年一回の総会と大阪と東京それぞれの地区に分れ、勉強会と称し、かっての青春時代を懐かしみながら、親睦を深めてきた。
今年の総会が、先週、東京の上野近辺の森鴎外ゆかりの宿“水月ホテル鴎外荘”で開かれた。
何しろ名目だけでも勉強会と称しているので、集合場所も両国の江戸東京博物館前。 幹事の計画した最初の催しが同博物館の見学。初めて入館した施設だったが、さすが財政裕福な東京都の建設。
入館者の多くが全国からの小・中学校の修学旅行生と大勢の外国人観光客であった上、その展示内容と手法の豊富さに驚くと同時に、生粋の大阪人の私としては、大阪の同種施設に比べ、“やはり負けるな〜”と残念無念の感を抱かざるを得なかった。
その後、夕刻前にホテルへ到着し晩食の前後を挟み、直ちに部屋で勉強会。
その内容も多岐に渡り、データ―からみる東京の現状についての説明、家庭裁判所調停員約10年及び参与員2年の経歴を持つ会員から見た相続紛争に絡む経験談、約10年の俳句歴を有する仲間から地元新聞での入選7句の解説、今年10月初旬開催の54年振りに再現した疑似高校修学旅行の報告。
最後に、現在でもボランティアとして活躍中の音楽専攻の仲間からの「受け継がれてきた日本音楽の仕組み」と題する講演など。
この真面目な勉強会?で一番盛り上がった話題の一つが、遺言の仕方・遺言状の作成。
このテーマも取り上げられたのは今回でニ回目。さすがに年齢相応というべきか、全員が相続問題を心配する程の財産持ちなのかと、然したる資産を持たぬ我が身を振り返ってみながら、その深刻さを考えさせられたテーマ。
また、彼が調停員として体験した相続紛争案件の中で一番深刻なケースとして取り上げたのは、長男と結婚し子供に恵まれず、夫の両親の介護に懸命に当っていた女性が夫に先立たれた場合。
夫の両親と嫁との関係は法律的には赤の他人なので、女性が幾ら懸命に介護し面倒をみていても相続人にはなり得ず、夫の兄弟が法律上の相続人になるという悲劇が起こる。
この場合、この女性を救済するためには、夫の両親が遺言状を残し女性に財産分与することが絶対に必要不可欠とのこと。
また、もう一つの方策は、女性が夫の両親と養子縁組をする方法だが、これもなかなか現実味が薄い。
しかも、その場合においても、夫の兄弟には遺留分があるため、女性は最大でも相続財産のニ分の一しか相続することができず、夫の両親と共に住んでいた家屋を処分し換金するしか無いことになった、とのこと。
54年振りの疑似高校修学旅行(北九州方面)に関しては、在学当時には生徒400人の比率が男2:女1であったのに、参加人数70人弱の男女比率が逆転し、1:2の参加であったとのこと。 その現象の発生は果たして偶然なのか。
現在の世の中、女性の方がなべて体力的に壮健で活動が活発化し、何事につけ積極的になっている証拠なのか、或いは参加費用の点からみて、女性の方がやはり家計の財布の紐を握っている加減なのか、その理由はもう一つ判然としない。(続く)