2014年10月29日

◆強姦犯天国・被害者地獄の日本

馬場 伯明


清水の次郎長の養女「けん」は自宅の奥座敷で兄の初志郎に強姦された。18歳の秋、処女であった。けんは養女であり初志郎は次郎長の庶子、兄妹に血の繋がりはない。

日経新聞小説「波止場浪漫」(以下「波止場」)は2013/4/18から2014/7/9まで連載436回で好評を博した。作者は諸田玲子、挿絵は横田砂緒絵。

強姦という重荷を背負い想う人の植木(医師)から身を引いた。明治から大正の波乱の時代に気丈に船宿「末廣」を切り盛りし、独身のまま一途に植木を求め続けた女性の悲恋の半生を描いた長編である。

「波止場」は小説。けんは実在女性だが初志郎は架空の人物である。小説と違い現実の強姦犯はもっと卑劣であり、被害者はさらに悲惨である。

2014年犯罪白書では日本の性犯罪のうち強姦の認知件数は1410人、人口10万人中の発生率は1.11人(人口127298千人)。なお強姦数は、強姦、準強姦(睡眠薬等)、集団強姦、同犯罪の致死傷・未遂の合計である。

認知件数とは、警察等捜査機関によって犯罪の発生が認知された件数である。 認知件数と実際の発生件数との差を暗数(あんすう)という。

あれっ、日本の認知件数は1410人、10万人中1.11人!日本は世界に冠たる強姦極少国なのだ。10万人中で見ると、豪81、カナダ78、米国32、英国16、仏14、韓国13、独9、露5、伊4、日本2(1.78)。日本の少なさが際立っている(データが古いが2009年。整数に四捨五入)。

ところで、2013/4に内閣府男女共同参画局は「男女間における暴力に関する調査報告書」(*1)を発表した。20歳以上の男女5000人を対象。有効回収3293人(男1542人・女1751人。回収率65.9%)。

女性の回答者1751人のうち「異性(男性)から無理やり性交された人」が、生涯で7.7%、最近5年間で1.3%。1年間中では0.26%となる。男女計の全人口比は半分強の0.138%。人口10万人比では138人となる。

「無理やり性交された人」を仮に「強姦」と見なせば、何と130−1.11=136.89人(99.2%)が暗数になる。日本の強姦の実態は闇に隠れおり、表面上の統計数字(認知件数)はほとんど無意味に近くなる。

強姦犯100件(人)のうち認知件数(警察届出)は1件(人)しかない。99人の強姦犯が、本来なされるべき届出・検挙・起訴・裁判を免れ悠々と笑って逃げている。男女共同参画局の発表には暗数の分析はない。

では、強姦の(女性)被害者はなぜ警察に届け出ないのか。重大な理由がある。日本の刑法:177条(強姦)では強姦犯が有罪になることが極端に少ない。被害者は傷を晒されより深く傷つくことになるからである。

報告書(*1)の「無理やり性交された」の被害のうち「誰かに相談した」のは28.4%。警察へ連絡・相談した被害者はわずか3.7%、認知件数はさらに減りその内数となる。

「第3回犯罪被害実態(暗数)調査(*2)」(2008年犯罪白書)。20歳以上の男女6000人を対象。有効回収3717人(男1756人・女1961人。回収率62.0%)。被害申告率(届出率)は9.4%であった。(ただし、強姦のほか強制わいせつ、また痴漢、セクハラなど法の処罰対象でない行為も一部含まれる。届出率は強姦以外が高く、強姦はずっと低いと思われる)。

日本の強姦の発生件数!は極小ではない。重大で深刻な問題がある。

第1.法律が時代遅れである。刑法177条(強姦)では「暴行または脅迫を用いて・・・女子を姦淫した者は、強姦の罪・・」とし、強姦では「暴行または脅迫」が条件となっている。これが大いに曲者である。
 
最高裁は「(加害者の)暴行は、相手(女性の被害者)の抵抗を著しく困難にする程度のもの」とし、「強姦罪の暴行は、強盗罪の暴行に近い強度のものが必要である」とする(「性暴力と刑事司法*3」大阪弁護士会・性暴力被害検討プロジェクトチーム2014/2/28発行)。殴る、蹴る、首を絞めるなどの明らかな「暴行」がないかぎり強姦とはならないのだ。

強姦罪のもう一つの条件の「脅迫」も「相手方の抵抗を著しく困難にする程度のもの」という。典型事例は「言うことを聞かないと刺すぞ」とナイフを首筋に当て抵抗できない状態にして姦淫(性交)した場合などだ。

すなわち、被害者は(抵抗要件は法には明記がないのに事実認定では重視され)死に物狂いで強く抵抗しなければ、強姦犯は罪にならないのだ。しかも、女性が抵抗した痕跡等(証拠)が要求される。殴打の傷・痣、陰部・膣の裂傷・出血、切り傷、擦り傷、骨折、捻挫・・・。陰部・膣内への精液・体液の付着・残留などの証拠である。

ところが、襲われた女性は、ほとんど「ヘビに睨まれたカエル」状態で、茫然自失、声をあげられない。「殺すぞ」と男に言われたら金縛りになる。抵抗したら殺される。命だけは助かりたい。早く終わって!と唇を噛み抵抗せずに耐えるのである。終わったら徹底して陰部や体を洗い流し服や下着も捨てる人も多いという(肝心の証拠が消えてしまう)。

第2.強姦直後も問題で写真を撮り「言えばネットにばらまく」と脅す。男の顔はなく女の顔と挿入部分の写真だ。被害者は貝になるしかない。

自分は汚れてしまった。恥ずかしくて恋人や家族にも言えず、届出や告訴をためらう。絶望的な無力感だ。「股間にぬるりとしたものを感じながら、けんは自分が地獄に堕ちてゆくのをかんじていた(「波止場」227)」。

強姦の認知件数の起訴率は47.9%(2011年、半数未満・内閣調査2012/4:*1)。(2011年の率を適用すれば)2013年の起訴は1410人のうち675人に減る。その他犯罪より有罪率も低いのでさらに減る。しかも刑が軽い。

強姦犯は「お前が告訴し俺が有罪になっても(日本の)刑罰は軽い。初犯だから執行猶予だ(常習犯であってもそう言う)。俺を待っていろ、必ずまた強姦(や)る、報復する」。報復の恐怖で被害者は泣き寝入りする。

第3.調査(*1)では、無理やり性交されたときの強姦犯は「面識がある人(男)が76.9%」とある。近親者や知人に強姦される事例が多いのだ。けん(養女)も異父母兄の初志郎に強姦された(「波止場」227)。

父親・兄・従兄弟・祖父・義兄などの近親者や、企業や団体の上司、教師・体育指導者などによる絶対優位の立場を利用した卑劣な犯行だ。柔道五輪金メダルの内柴正人の準強姦罪は2014/5/23懲役5年が確定した。
   
強姦後「これが世間にばれたらお前も俺も終わりだ。言うな!」と開き直り逆に脅す。初志郎も、けんに言った。「今夜のことはふたりだけの秘密ってことにしとこうや(「波止場」228)」。作者の諸田玲子は強姦のプロセスとセオリー、それに両者の心理を熟知している。

第4.さらに、強姦犯には最強の応援団がいる。裁判所と裁判官である。「暴行・脅迫を加えた結果、被害者がおとなしくなり、それを理由として被告人が『同意していると思った』と弁解すれば、被告人には『誤信』があり、強姦の故意が認められないとして、無罪となる。」

「まさに加害者の暴力による支配という論理を、裁判所が容認し、性暴力へお墨付きを与えているに等しい(*3 28頁)」。「千葉強姦事件」の最高裁無罪判決(2013/7/25)が全国に支配的な影響を及ぼしている。

以下、説明を省略するがその他の要因や課題もある。第5.親告罪。第6.軽い刑罰。第7.旧態依然の「強姦神話」。第8.肛門性交等。第9.被害女性支援体制。第10.服役後の強姦犯の追跡・更生などである。

では、どうすればいいのか。

1970年代以降欧米では強姦罪の改正が進んだ。40年も前のこと!「暴行・脅迫を用いた犯罪」に限定せず、「不意打ちをもって行う」「相手の同意がないまま行う」などより広い範囲で強姦罪成立を認めるようになった。

日本の刑法を国際水準の立法に近づけなければならない。

「抵抗できなかった」は「合意があった」とは違う。被害者の女性が悪いのではなく強姦犯の加害者(男性)が悪いという当たり前の考えを警察・検察・裁判所と世間に定着させることが重要である。次に提案する。

第1.刑法第177条(強姦)から、「暴行または脅迫を用いて」を削除する。性暴力犯罪は「性的自己決定権」を侵害する犯罪とする。被害者同意の反証を被告人側に負わせる。そして強姦は非親告罪とする。

第2.厳罰主義に転換し抑止力を強化する。20年間の時限立法でもよい。「強姦犯天国」から「強姦は割に合わず、やってられない」状態にする。

具体的には(1)刑期を大幅に延長する。(2)刑期を終えた犯罪者にGPS付き足輪をつけ監視する。(3)(確定判決後)犯罪者の個人情報を公開する。住所・氏名・年齢・顔などをネット等で公開する。

第3.被害者支援体制を構築する。被害後の応急治療、事情聴取、法律相談などを、女性専門官中心の支援機関で一括して担当・実施する。病院、警察、法廷などでの「2次性的被害」もなくす。被害者は安心して警察等に届け出るようになり、認知件数は増え暗数は大幅に減少するだろう。

小説「波止場」の最終回(436)。三保の羽衣亭の離れでの夜、中年で肺病の療養に向かうけんは妻子ある植木への接触をためらう。「いいサ、心中と思えばいい」と植木は優しく抱きしめ、けんの帯を解いた。

私は作者が2人を心中させるのではないかと危惧した。しかし、その行く手に微かな曙光が見え安堵した。最終回で、けんは植木に抱かれ「♪あした浜辺をさまよえば・・・」と口ずさむ。心の奥の黒い塊が溶けていった。

だが、現実の世間では、日本の強姦被害者(女性)を支援し救済する道は日暮れてなお遠い。彼女らの心の闇がそう簡単に晴れることはない。

刑法177条(強姦)の「暴行・脅迫条項」を削除し、厳罰主義を採用し、被害者支援体制を整備・構築する。「強姦犯地獄・被害者支援・救済の日本」へと、一刻も早く、転換させなければならない。(2014/10/27千葉市在住)

(追記)

「性犯罪の厳罰化」は松島みどり(前)法相の持論である。就任後「有識者による検討会」を発足させる方針を明らかにした(2014/10/2朝日新聞)。しかし、うちわ配布と議員宿舎入居で頓挫した。妊娠中絶反対論者の有村治子法相はこれをどうするのか?


      

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