2014年11月01日

◆私の「身辺雑記」(157)

平井 修一



■10月29日(水)。朝は室温18度、快晴、高原みたいに涼しい、フル散歩。

晩秋から初冬へ移りつつあるようだ。小生はすっかりネトウヨとして引き篭ってしまった。以前は日光あたりに紅葉狩りとハイキングに行ったものだが、今は中共殲滅、支那解放作戦で忙しくて、物見遊山のための時間がなかなか取れない。日光では今は、いろは坂や中禅寺湖は見頃だという。

「サヨクも同様だが、ネトウヨは高齢化している。40代以上が多くを占めている。ネトウヨは小金持ちだ」という論考が「ブロゴス」にあったが、ちょっと違うのではないか。小金持ちかどうかはさておいて、小生が日本史とか国防、政治に関心を寄せるようになったのは、胃がん手術後の療養中の2003年、52歳からだ。

20代から40代までは仕事、子育て、スカートまくりを含めた遊びで忙しくて、政治なんぞ選挙のときにちょこっと関心を寄せるぐらいで、基本的にノンポリだった。

確かに20歳のときは三里塚で暴れまくってお縄を頂戴したが、あれは政治活動というより「農民の頭ごなしに空港建設を決め、農地を強制収容するのは許せない」という、一種の住民運動、青年特有の義憤だったと今になって思う。

その時にも日共は大嫌いだったが(表では被害者面、弱者を装い、裏では攻撃的。小生は襲われた)、小生は自民党や佐藤政権を嫌悪していた覚えはない。正確に言えばまったく関心がなかった。(権力を奪取すれば好きなことができる、でもどうやって1億の民の胃袋を満たせるのだろうといつも思っていた。誰も回答できなかった)

若い時から右や左になって政治に関心を寄せるというのは少数派で、今も昔も政治に熱中している多数派は中高年なのではないか。選挙法違反で逮捕されるのは中高年ばかりだ。

左右とも論客の多くは中高年であり、雑誌の「正論」や「WILL」「文藝春秋」「世界」などの読者も中高年だと思う。「世界」は昔は学生に人気があったそうだが、1970年前後にイカレポンチの(小生も含めた)新左翼が読んでいたのは「朝日ジャーナル」「現代の眼」などで、フニャマロ(=リベラル)の「世界」を読んでいる人は現場の将兵レベルではまったくいなかった。今どきの学生はまず雑誌自体を読まないだろう。

40年前にアカ+ピンクのほとんどは若者だったが(70年安保の動員力は社共が60万、新左翼は150万)、今は激減しているだろう。今は中高年がほとんどだ。左右ともにヂイヂ、バアバばっかり。

ネトウヨも中高年が多いだろうが、社会自体が高齢化しているから、「ネトウヨは高齢化している」という指摘は意味がない。

台湾や香港の学生の奮闘に刺激されて日本の学生もせめてネトウヨになってほしいと小生は思うが、彼等は本も新聞も読まないから、まあちょっと難しいかもしれない。レベルは中2だ。小生はせいぜい高2。

日本は政治的、経済的に安定しているし、自由もたっぷり。エンタメのタネも多いから、学生が体制への怒り、改革遅滞への焦燥感などで発奮することはまずないだろう。

年収1000万円以上を目指せる職にありついた人と、どう踏ん張っても400万円かな、という単純労働、肉体労働の人はおり、その格差は多分広がっているだろうが、それがいいことかどうかは簡単には判断できない。

年収1000万円だろうが住宅ローンや教育費で四苦八苦し、昼食代込みの月の小遣いが5万円未満なんていう人はザラだろう。一方で年収300万円に届かなくても、独身でアパート暮らし、結婚なんてどうでもいい、と趣味三昧に散財してオタク生活をエンジョイしている人も多いのではないか。

ともにキツイと言えばキツイし、ヌルイと言えばヌルイ。こういうユルイ社会ではヒマワリもアンブレラも咲かないのかもしれない。隙間でイスラム国を目指す“自分探し”的な若者もいる。それらを喜ぶべきか、嘆くべきか、なかなか難しい。

■10月30日(木)。朝は室温17度、快晴、ちょっと寒くて手袋が欲しいくらい、フル散歩。

倉田徹・立教大学准教授の論考「なぜ香港の若者は『中国嫌い』になったか――香港民主化運動に見る中国の弱点」(SYNODOS10/30)から。

               ・・・

・1997年7月1日、香港は英国から中国に返還された。北京は国際社会や台湾に「一国二制度」の成功をアピールするため、極力香港内政への干渉を控え、香港市民には安堵が広がった。しかし、予想外の大きな問題が生じる。返還直後からのアジア金融危機により不動産バブルが崩壊、香港経済は深手を負った。

・この危機を前に、北京は対香港政策を大きく変えた。その柱が「経済救港」と称される、経済面での急速な大陸と香港の融合策である。

・2005年3月にはデモで辞職を要求された董建華行政長官を事実上更迭した。後任の曽蔭権は、共産党から見れば「愛国者」とは評価しがたい経歴であるが、市民の間で人気があった。北京はこの人事で香港の民意に配慮したのである。

・香港市民の大陸に対する感情は急速に悪化してゆく。その原因は「中港融合」の副作用の拡大である。最も大きな問題は不動産価格の上昇であった。政府統計では、1999年を100として、2012年の住宅の販売価格指数は206.2、オフィスは334.7、小売業用の建物は420.5と暴騰した。富裕層が資産を増やす一方、庶民は家賃の暴騰に悲鳴を上げた。

・2010年に九龍の40平米弱のマンションを購入するのに、平均的な家庭の年収10年分が必要とされた。2002年には同じものを4年分の収入で購入できたという。不動産の暴騰により、多くの若者の人生設計が狂った。

・2012年の7月1日デモでは「党官商勾結」、即ち共産党・香港政府・財界の癒着への非難がスローガンとなった。こうして徐々に多くの市民が、民主化の必要性を痛感するようになっていった。

・香港市民が日常的に接触する「中国人民」は、何と言っても観光客である。大陸からの観光客は、昨年には4,050万人に達した。香港の総人口の5倍強である。彼らは香港の小売業にとっては欠かせないお客様であるが、様々な社会問題の原因にもなった。

・「中港融合」は、副作用として両者の感情的な対立、即ち「中港矛盾」を生んでしまったのである。

・香港市民は、歴史的経緯から共産党に抵抗を持つ者が多い。これに危機感を持つ北京はしばしば「人心の回帰」を課題として挙げる。

・この課題に対し、北京が実施しようとしたのは「愛国教育」であった。若者の激しい抵抗を受けた。北京は香港のデモや集会などに対して、一般の学生や市民に参加を思いとどまらせるような効果的な「脅し」をかけることができなかった。

・今年の7月1日デモでは、6月に北京が初めての「一国二制度白書」を発表し、北京が香港に対して「全面的統治権を持っている」と表現したり、締め付けの強化のイメージが広がった中で行われたが、デモ主催者は「無懼中共威嚇(中共の威嚇を懼れず)」という、かなり踏み込んだスローガンを採用した。デモは10年ぶりの規模の動員となった。

・そして、9月28日、「オキュパイ・セントラル」が発生した。

・どんな国もその軍事力と経済力で全世界を支配することはできない。味方を増やせる魅力・説得力(というソフト・パワー)のない国の影響力はどうしても限られる。

中国が、単なる「超大きな国」から、世界に影響力のある「超大国」へと脱皮するには、このソフト・パワーの弱点を克服する必要があるが、そのハードルは、香港行政長官選挙への民主派の出馬のハードルと同様に、非常に高いようにも見える。(以上)

■10月31日(金)。朝は室温18度、晴、夕べはお湿りがあったようで、ヌルイ感じ、フル散歩。夕べから集団的子育て。ハロウィンで大騒ぎ。

中共は将棋でいうところの「詰んだ」状態だから、絶対勝てない。せめてできるのは「良き敗者」でいることだが、多分、負けを認めずに将棋盤をひっくり返して暴れまくるのだろう。そして自滅するか扼殺されるに違いない。

週刊現代10/25が介護職員や医師、患者団体の関係者など専門家20人にアンケートを実施。現場で聞かれた経験則について、「実際に当てはまると思うかどうか」を答えてもらったところ――

【発症前】厳格でマジメ、下ネタの冗談などが嫌いな人/教員や公務員、裁判官や医師などカタい職業についていた人→

【初期症状】いわゆる「色ボケ」(恋愛過多)で、異性を見ると、つい欲情して追いかけてしまう

【「そう思う」率】75%

小生は仕事はきちんとやったものの、それ以外(アフター5)は結構いい加減だったから、このケースには当てはまりそうもないが、習近平は君子とか大人を気取っているから色ボケになりやすいのではないか。凶暴になられると周りが迷惑するから、ぜひ色ボケになってくれ。クネとの老いらくの恋。結構なことだ。

まあ、ばれると習はプライドが高く、人気の高い奥さんから殺されるだろうが。(2014/10/31)

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