2014年11月11日

◆カタカナ語と英語の関係の考察

前田 正晶



カタカナ語は英語の勉強に悪い影響を与えていないか:

いきなり本筋を外すが、ここでは「英語」ではなく「科学としての英語」または”English”とする方が適確かも知れない。

私は英語の勉強だけではなく自国語であろうとなんだろうと「耳から入ってくる言葉の影響が最も大きく且つ効果があることが多い」と固く信じている。

ところが、何事につけても「全ての硬貨には両面がある」ので、耳から入ってくるだけで学習効果があるが、効果はそれだけに止まらず日常的に読まされているカタカナ語には悪影響もあり、我が国における正しい”English”の学習と実力、就中自分が思うことを英語だけではない自国語=日本語で言う力の成長を妨げているのだと考えている。

テレビで多用されるカタカナ語:

ここから思い付くものを挙げることから入っていこう。下記をご参照願いたい。

コンパクト、シンプル、オープンするかさせる(応用編にリニューアル・オープンやグランド・オープンがある)、プライベート、スタッフ、キャプテンシー、スリッピー、ゲットする、チョイスする、ジューシー、フルーテイー、クリーミー、スパイシー、プラ−べーと・ブランド(PB)、バトンタッチ等々枚挙に暇がない。

私は「こういう言葉を使うことを止めよと言わないし、使うことは勝手だが、本当の英語ではこのようには言わないと認識した上で使って欲しい」と繰り返し指摘してきた。さらに本当の英語ではどういう言葉が使われるかも述べてきた。

そして、こういう言葉を使うと、我々の国語での思考力と表現力が弱まる危険性も指摘してきた。故に、ここで上記のカタカナ語を英語にすればどうなるかの解説はしない。

カタカナ語の表記の難しさ:

この点は、先日”security”と”fury”を挙げてジーニアス英和とOxfordの間に存在していた発音記号に混乱とでも言いたい違いがあったことも指摘した。私はこの違いを見て、我が国で最初にカタカナ表記をした人(会社というか法人も入るか)がどのような基準で大胆にもカタカナを使ったのかが解らなくなってきた。即ち、私はこれまでにこういう表記をする人は英和辞典も英英辞典も見ていないのかと皮肉っていたのだった。

私は彼等はただ単に素直に英語の言葉を見て「ローマ字読み」をしていただけで、それ以上でも以下でもなかったのだろうと思い込んでいた。だが、「フューリー」と「セキュリティ−」のUKとUSA間の違いを知って、些か混乱させられてきた。

そこに何気なく聞いたテレビのCMで、恐らく何とか言うデイズニーのアニメ(これだってカタカナ語だ)の主題歌(なのだろう)を松田聖子と松たか子が歌っていて、”I will follow you .”を「フォロー」と言っていたのを聞いた。

これは「ローマ字読み」だと思って聞いた。彼女らは学校で”O”は「オ」と読むとしか教えられていなかったのか、早い時点で親しんだローマ字読みをしているので、罪はないと解釈した。

同様な例に”holiday”がある。これは我が国では躊躇うことなく「ホリデイ」とカタカナ表記され、且つ発音されている。だが、ジーニアスでもOxfordでも「ハラディ」であり、USA式では「ハーラディ」に近い記号が出ている。話しを”follow”に戻せば「ファロー」と「ファーロー」である。細かい揚げ足をとるなと言いたい向きもあるだろうが、私にはそんな
考えなどなく「何でこうなるのかな」という疑問があるだけ。

ここで、自説を曲げるかの如きことを言えば「実際にはフォローでもファーローでどちらでも良いのであり、自分が思うことと言いたいことを正確に文法を間違えることなく表現出来る力を養うのが肝心なこと」なのだ。だが、発音が正確であるのにこしたことはいのは言うまでもない。実は、自分でも難航する交渉中の通訳では重要な発言の内容を的確に伝える為には、発音の正確さを犠牲にする覚悟で臨んでいたものだった。


私自身でこの疑問に答えれば「彼女らと一般に我が国の学校で英語を教えておられる先生方、特に中学で”O”は「オ」と読めて教えているだけのことで、一般の生徒と同様に素直に従っているだけではないのだろうか」である。念のために付け加えておけば、「フォロー」だろうと「ファロー」だろうと「ホリデー」だろうと、恐らく我が国で最も関心が高いという気がする「外国人に通じるのか」という点では問題ないだろう。

私が言いたいことは「だからと言って、おかしなカタカナ語を作って普及させて良いものなのか」という点と「学校教育では正しい正しくない点もさることながら、UK式とUSA式の違いを教える気はないのか」なのだ。同時に未だに「アメリカ語下品」で「クイーンズ・イングリッシュが最高」と思い込んでいるんではないかと疑っている。私は少なくとも何処かの時点で「両社の間には明らかな違いがあること」を明確に教えるべきだと
思っている。

何れ近いうちに最初に挙げたカタカナ語表記と、英単語の後に「する」を付けた弊害を論じてみようと計画している。


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