2014年11月13日

◆怒れる香港を理解できない北京

熊野 信一郎



民主化要求への対応が中国多元化の試金石に

2日経BPnet0 年11月11日(火) 

9月28日に始まった香港の民主化要求デモは、1カ月以上が経過した今でも解決の糸口が見えない。中心部の座り込みデモを率いる学生団体と香港政府の対話も開催されたが、落とし所がないまま長期化の様相を呈している。

今後、どのようなシナリオが考えられるのか。そして、このデモは日本を含む国際社会に何を問いかけているのか。香港政治の専門家に聞いた。

デモ開始から1カ月以上が経過しました。なぜ、これほど長期化しているのでしょうか。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20141105/273445/photo01.jpg

倉田 徹(くらた・とおる)氏

立教大学法学部政治学科准教授。1975年生まれ、2008年東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程修了。03年から06年まで在香港日本国総領事館専門調員。日本学術振興会特別研究員、金沢大学人間社会学域国際学類准教授を経て現職。専門は現代中国・香港政治。著書に『中国返還後の香港』(名古屋大学出版会、2009年、サントリー学芸賞受賞)がある。

倉田:当初は続いても2、3日と見られていました。ただ、警察が催涙弾を使ったことで運動が拡散し、デモへの参加者が一気に増えたのです。結果、警察が数の力でコントロールできなくなってしまったという状況です。香港政府にとっても北京の中央政府にとっても、何より学生を中心とするデモ隊にとっても想定外の展開でしょう。

こうなってくると、落とし所が難しいですね。

倉田:現在起こっていることは、中国の権威主義的な体制と、香港の民主主義を求める勢力の対立です。2つの違う価値観の激突ですので、簡単には妥協点が見出しにくいんですね。

デモ隊側もこれ以上の全面対決を求めるわけではなく、北京政府を倒そうと思っているわけではない。逆に香港政府も中央政府も、これだけ注目が集まる中で力でねじ伏せることのマイナスをよくわかっている。

台湾でも韓国でも、アジア各国の民主化要求運動はその前の段階でひどい人権弾圧がありました。その反動で、民主主義を勝ち取った経緯があるのです。韓国では1980年、民主化を求める活動家や学生と軍が衝突して多くの死傷者が発生した光州事件がありました。台湾でも1947年の2・28事件や1979年の美麗島事件など、国民党による弾圧がありました。

香港には、そういう劇的なストーリーがありません。大陸から人や投資が押し寄せる中で、じわじわと街が中国化してきた。それが不動産価格の高騰といった目に見える変化だけでなく、日常生活のストレスとしてのしかかってきたのです。

裾野が広いせいか、デモの参加者や考え方にも多様性があるように見えます。

倉田:もともと金融街のセントラルでを占拠しようとした「オキュパイ・セントラル(中環)」計画は、どちらかと言うと頭でっかちで、欧米的な理念で生み出されたものでした。ですから、当初は香港市民に広く訴えかける力はそれほど強くなかったんですね。

警察が催涙弾を使うなどして強硬姿勢に出たことで、構図が変わりました。セントラルから逃げ惑う中で、デモの参加者が繁華街の旺角(モンコック)や銅鑼湾(コーズウェイベイ)などに拡散したのです。

銅鑼湾と旺角はいずれも繁華街で、デモ隊にとってみれば占拠しやすく効果も大きい。この2カ所は、少し色合いが違います。銅鑼湾は大陸からの観光客も多く、「民主主義教室」として中国へのアピール効果が大きい場所です。

旺角は大衆文化が凝縮されている街で、庶民にとっては「自分たちの街」です。そして、政府機関の集まる金鐘(アドミラルティ)では、政府と対峙する。3カ所それぞれが、独自の色を出し始めたのです。それによって、運動が単なる一部のエリートだけのものでなく、学生や庶民など幅広い層が関心をもつものへと変わったのです。

現場を見ると、それぞれ場所によって参加者もメッセージも違います。ただすべて「中国化への抵抗」というテーマに行き着く。香港社会の頂点から底辺まで、その意識でつながったのではないでしょうか。

だらだらと続く可能性が大

この先、どのようなシナリオが考えられるでしょうか。

倉田:3つの可能性があります。?政府が劇的に譲歩して学生の勝利?力による排除で強制的に運動を収束させる?当面、だらだらと続く。現状では、?の可能性が高いのではないでしょうか。

北京の方針ははっきりしています。「妥協せず、流血せず」です。これは、北京の強さと弱さを象徴しています。国内ではチベットやウイグルといった少数民族の問題を抱えているため、香港で妥協すればそうした方面への影響のみならず、国内のインテリ層を刺激してしまうことになります。

とはいえ、国際社会からの監視の目がこれだけ集まっているなかで、暴力的な弾圧もできない。その意味では、持久戦が続く可能性が高いでしょう。

2003年の50万人デモでは、香港政府は民衆に譲歩しました。当時の行政長官を更迭し、新たな経済振興策を導入したのです。当時と違って、香港政府のやり方も中国化したと感じています。最近の梁振英・行政長官の言動は、「北京にさえ支えてもらえればいい」という風にも見えます。その姿勢はまるで中国の省や直轄区の長と同じで、市民のため、という意識が薄くなっているのではないでしょうか。

 持久戦になれば、デモ隊側にとって不利ではないでしょうか。

倉田:学生側も政府側も、どこかで着地しなければならないという点では一致します。学生側と政府が対話をした時、香港政府は北京で香港を管轄する「今回の件を香港マカオ弁公室に報告する」という条件を出しました。

北京としても、そうした報告があれば、何かしらの反応を示さなくてはならないはず。香港の反中の原因の1つである、極端な経済の融合を調節してくるかもしれません。

注目すべきは、選挙制度についてどのような条件を出してくるかどうかです。もともと北京が2017年に普通選挙をやると言い出したのは、香港の政治問題を2017年で終わりにするためでした。それを、2022年や2027年にも改革可能とするといった条件を出してくれば、学生側にとっては大きな成果です。道路の占拠を解消するきっかけとなるかもしれません。

いずれにしても、中国政府にはビジョンはありません。その時の状況に応じて対策を出していくしかないでしょう。

経済というプレゼントはもういらない

 今回の件で中国政府の対応の仕方を見ていて、どのようなことを感じますか。

倉田:改めて感じるのは、香港の市民感情や価値観というものを、北京では理解どころか想像すらできていないのではないか、ということです。

言うまでもなく、大陸と香港の市民の考え方は全く違います。中国では、共産党という巨大なピラミッドの組織を前提に考えるので、ピラミッドの頂点がどこにあるのか、お金の出どころがどこにあるのか、という視点で問題を解決しようとします。

香港に対しても、10年前なら経済利益を提供しておけばよかったんですね。指導者が出かけて行って、香港経済の活性化につながる「プレゼント」を渡せば喜んでくれたのです。それが突然、「いらない」と突っぱねられたんです。

プレゼントと言っても、結局はマクロ経済のプレゼントで、観光や不動産などの業界に限られます。市民にとっては、インフレなどの悪影響はあっても、思っていたほど恩恵はなく、貧富の格差が拡大するだけということに気がついたのです。

だからこそ、今回の占拠は広く市民にも理解されていると。デモの参加者がこんなメッセージを出していたのです。「大衆は存在しない、群衆が存在する」と。自分たちはデモのリーダーに指示されて参加しているのではない。あくまで自発的に、自分の考えを持ってここにいるのだ、という意味です。

市民が独立した考え方を持ち、それを自由に表現する。そのことを、北京が理解するのは極めて難しいようです。フェースブックを制限して使えなくしている国と、SNS(交流サイト)の利用率では世界トップクラスの香港のギャップです。

北京も困惑しているでしょう。5年前までは、香港の対中感情は良かったのです。2008年に四川大地震が起こった時は、多くの支援が香港から寄せられました。そこから一転、坂を転げ落ちるかのように最悪になったのです。この間、何かターニングポイントとなるような事件があったわけではない。増え続ける大陸からの観光客に対する反感など、市民の日々の生活を通じて反中感情がじわじわと広がったのです。だから、これといった対
策を打ちようがないのです。

相容れない価値観の対立

 民主化要求だけではない問題がそこにあるということですね。

倉田:冷戦後、イデオロギー闘争が終結して中国も西側と同じようにお金儲けの道を突き進みました。ただ、価値観では今でも徹底的に違います。国益が最優先で、外国への敵愾心をあおって国内の団結を求める政治的なスタイルは、西側の価値観とは相容れない。

香港の市民は、そのように違う価値観が存在するという違和感を、世界の先頭に立って感じ取ってきました。2つの価値観を前にして、対立を辞さずに正面から立ち向かうべきか。それとも、経済や国際関係の安定を重視し、友好と経済利益を優先するか。その選択を、香港は世界に先立って迫られたのです。これは、中国と外交問題を抱える日本にとっても関係のない話ではありません。

今後、こうした価値観の対立の構図が新しい国際社会の争点になる可能性があります。経済のグローバル化で世界が1つになっているように見える中で、新興国と既存の先進国のずれが大きくなってきています。経済的利益の奪い合いよりも、価値観の対立が復活するという構図です。

香港の動きはその転換点の先取りかもしれません。一般的には香港の人は「商売ありき」と見られがちですが、変化が見えます。香港大学は過去、市民が「政治」、「経済」、「社会・生活」のどれを重要視するかを調査してきました。10年前は経済が70%と圧倒的でした。デモが起こる前の今年5月の段階で、初めて経済よりも政治が上回ったのです。

それは意外です。

倉田:マクロ経済拡大の成果はいずれ社会全体に浸透すると思ったら、強権体制や腐敗の中でそういう効果は限られてしまった。金持ちはより豊かになり、庶民は困るだけじゃないか、という実感があるのではないでしょうか。

何より、それは中国国内でも同じです。中国は、国内でパイを分配することで、現在の政治体制を維持してきました。パイが大きくなっている間はそれは機能するでしょうが、香港はパイがこれ以上大きくなりにくくなり、不満が出た。中国の経済成長が鈍化すれば、今度は大陸の中でも利益の分配が難しくなり、近いことがおきかねません。

北京サイドが、今の香港の動きをそのように捉えられているかどうか。

倉田:これまでの経済と力に頼る方法以外に、どのような選択肢があるのか。今後は中国もより多元的な、民主的要素を取り入れた政治体制を作っていかなければ維持しきれないはずです。

香港のデモ隊と対峙する中でそのことに思いが至れば、中国の将来も変わってくるはずです。ただ残念ながら、これまでの北京の動き方はこれまでと同じような発想に留まっているように見えます。誰がデモの首謀者で、そこにどう働きかければいいか、といったアプローチです。

習近平体制となってから薄熙来や周永康といった異分子を潰す方向で動いてきました。ピラミッドをより強固にしようという考えは簡単には変わらないのでしょう。

香港のデモは徐々に報道も少なくなってきています。

倉田:今後、何らかのポイントでデモ隊が道路から撤退する可能性はあります。デモ隊が解散した後にこそ、日本を含めた国際社会がちゃんと見ていないとまずい。

デモが終われば、見えないところで締め付けを強化するに違いありません。これまで、自由が失われるそうした状況にしてはならないと、英BBCや米CNNが盛んに報道し、経済学者のポール・クルーグマン博士も発言したのです。劇的な変化が静かに起きていく香港を見守っていく必要があります。

(情報採録:久保田 康文)

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