2014年11月21日

◆國語は金甌無缺であった(3)

上西 俊雄


[ローマ字問題]

伊澤論文を讀んだのは10月はじめであったのだが、實は8月にヘンリー・ストークスの『聯合國戰勝史觀の虚妄』の英文を讀んで、「天皇」のローマ字表記が一音節缺落してゐることに氣がついた。

9月10日、乃木神社參集殿の集會のあとの懇親會でこのことを口にしたところ、自分のところの機關紙に書けといふ。13日送稿。副題の「子音」を「音節」に改めて送稿しなほしたのが18日であった。

日本言語政策學會の月例會で擴張ヘボン式について説明したことがある。鈴木孝夫田中克彦といふ二人の長老も列席。田中氏から質問攻めにあった。一つだけ別の人からあった質問は父音とはなんであるかといふこと。質問者の鄰の田中氏が子音のことだと答へた。それで別に異論はなかった。

今は少し違ふといひたい。子音イコール父音といふのと父音イコール子音といふのとでは捉へ方が逆だといふこと。我々は父音は子音のことだと理解するが、昔の人は西歐言語學の子音を父音だと理解したはずだ。父音であれば音節の區切りと一致する。

フェニキア文字などについて「母音を省略して子音だけで書いた」といふやうな表現にぶつかったことがあるけれど、これも近代的な看方を古代に遡らせたものであって、音を書いた、今風に言へば母音を捨象して書いたといふほどのことではなかったかと思ふ。それを更にすすめて、國語であれば音節でよいではないかと。以上、副題の一字の變更の理由である。

音節數のことでシャンポリオンにも觸れたけれど、少々怪しい。送稿後ではあるが、矢島文夫氏のシャンポリオン傳を讀むことにした。氏から傳記のことを聞いたのはアジア・アフリカ語學院の院長室であったが、出來上がったものを讀んではゐなかった。大册であった。

その頃ネット接續の調子が惡く、パソコンで試行錯誤を繰り返してゐた。10月に入って、接續をあきらめて保存してあったものを讀むことにした。それが伊澤論文であったのである。

そこに天皇のローマ字表記のことがあった。その箇所を引く。

<この決議に就いて議論のある點を擧げて見れば、第一文字は音韻文字(フォノグラム)を採用することだ。これで見れば、無論漢字は全廢ときめたのである。それはフォノグラムといふ挿註を入れたので、明に分かる。

フォノグラムは發音を記する文字と云ふことで、イヂオグラム(意義を記する文字)即ち漢字の類と反對である。普通の人には甚だ耳馴れない語であるが、これを採用すると決定して居る。抑國語調査會にかういふことを決定する權能があるものか、又決定し得るものかは一大疑問である。

この方針で推し行けば、神武天皇と云ふ皇祖の御名にしても、ジンムテンノー又は Jimmu-tenno ときめることになる。その利害得失は餘り憚り多いから、暫く此では申述べまいが、かゝる大事を國語調査會で決議することが出來ようか、かういふことは文部大臣の許可を得べきは勿論、或は上奏して、樞密院に御諮詢に成つた後に定むれば、定むべきことであらうと思ふ。

若し夫れも單に學者の寄合で、純然たる學術問題として議定するのならばよからうが、國語調査會は責任ある政府の委員である。その調査會がさういふことを議決するといふに至つては、私は實に鵞いたのである。

その當時は國學者も漢學者も政治家も教育家も何とも言はなかつたが今日に成つて始めて世間で種々議論が起つて來ました。かう云ふことは自分等の研究するは勿論の事、廣く世人にも問うて判斷を乞はねばならぬと思ふ。>


この tenno の o にはマクロンがなかった。もしさうであればヘンリーストークスで愕然としたのは我ながらずいぶん間拔けな話ではないか。しかし、これは文部省の擔當者の誤記であった。かかるところで間違ひを犯すといふことからして、言葉にかかはる資格がないといはねばならない。

言語は變化するといふのは普遍的原則であるやうに語られてきたし、言語年代學といふものまである。

國語は、さういふものにどう考へてもなじまない。だからこの二つのことが頭のなかでぶつからないやうにして來たのではなかったか。それが、しばらく郷里で飮みつづけてから歸京した翌朝頭に閃いたことであった。

伊澤修二はすでにその解答を書いてゐると思ふ。

明治の、上代特殊假名遣も知らない人だからと、眞劍に讀む人がなかったからかもしれないけれど、言語年代學のやうなものは書記言語にはあてはまらないのではないかといふこと、書記言語がなければ國語といふやうな方言を超えた存在はそもそもありえないのではないかといふことを思ったことはなかった。

方言を超えた共通語は商品經濟があってはじめて生まれるといふ説を讀んだことがあるが、それだけではない。天皇家が一系でありながら、實際には老いることがないやうに、國語も一系であり、常に和歌の世界にもどって再生を繰り返すものであったのではないかと思ふ。


           
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