2007年05月06日

◆口舌の徒、旧聞

                           渡部亮次郎

新聞のことを江戸時代は「読売」と言った。
<よみ‐うり【読売り・読み売り】
江戸時代、世間の出来事を速報した瓦版1枚または数枚刷りの印刷物を、内容を読み聞かせながら売り歩いたこと。また、その人>(YAHOO辞書)

噂話の真相に近付いて「ニュース」として書き、刊行して売るのが読売。読売新聞の深淵がここにあった。新しく聴いた話。新しい知らせ。新しい見聞というのが広辞苑の説く「新聞」の一義的な定義である。

それなのに朝日新聞は一日に論説21本を纏めて掲載したと聞いて「口舌の徒」と思わず呟いてしまった。内容はともかく、自己主張を読者に纏めて押し付けるとは穏やかではない。広辞苑が誤りでなければ、この新聞社はおかしくなること請け合いだ。

口舌の徒。こうぜつのと。弁舌に優れて、実行力の無い者。新聞:社会の出来事の報道、解説、論評を、すばやく、且つ広く伝えるための定期刊行物。(以上いずれも広辞苑)。

取材が下手な記者が多くなって、特種が取れなくなった。それでもページを作って広告を載せなければ収入にならないから、こねくり回した屁理屈を『論説』ヅラして印刷するか。

これについて元朝日新聞記者の友人が、当「頂門の一針」790号(5月
4日付)で嘆いて次のように書いた。

<社説を21本も掲げて 日本は「地球貢献国家」を目指せという大キャンペーンです。「国際公益」なるものを大義名分に世界の世話役になれというのです。

「気候の安全保障」「省エネ社会」「原子力と核」「化石燃料」「アフ
リカ支援」「経済グローバル化」「通貨安定」「東アジア新秩序」「と
なりの巨人」「イスラムとのつき合い」「日米安保」「自衛隊海外派遣」「人間の安全保障」「9条の歴史的意義」「9条改正」「自衛隊」「ソフトパワー」「外交力」と各論を連ねて見せています。

しかし、日本の世界戦略と大上段に振りかざしてみてもなるほどと得心できるかとなると、オイオイ待てよとなります。

決定的なのは現状への認識なり分析なり、検証なりがまったくない上に、目指すべき行動というのがどこかで聞いたことが話しなので顔を厚化粧してみせたものの馬脚がみえてしまい、田舎の演芸会にしか思えないことです。

内容をひとつひとつみるとずさんな書き方ですから説得力は感じません。独善的としかいえません。今の国が直面している事実を洗いなおしてこその出発になるはずですが、そこがありません。

自分たちは正義であるといわれても通用するのか、書いた面々が堂々と名を出しているのですが、その連中の顔を思い出してもこれはダメと感じざるをえません。

取材なり雑報なしに?ですからこの傾向はますます強くなります、主筆制をとるとか大丈夫かいなと心配です。ガタガタ来るのではないかそれほど根性があるとは思えないだけにハラハラしてきます。(台)>

朝日新聞社内部のOBですらこうだから、あとは推して知るべし。読者は増えるどころか減ること確実である。今、世に求められているのは評論ではなく、事実であり、見通しだからである。

私は記者というものを約20年間やった。それを辞めてからもう30年も経ったが、今思うと、記者というものは対象をじっくり観察し、相手の胸中を如何に確実に吐露させるかにかかっている。その経験の積み重ねが更に貫禄となって相手の共感を得られるようになる。

これは知識や学識のレベルではなく見識と謙虚な態度に裏付けられていなければならない。朝日新聞は入社希望者の中から知識の多いもの、学識の高い順に採用するから、記者の多数は見識に欠け、謙虚さを欠いたものが多くなってゆく。

こうした記者は生意気に見えるから相手から敬遠され、特種は決して取れなくなってゆく。だからタネが無いのに記事は書かなければならないとしたら、こねくり回した評論にしかならないのは自明の理だ。

取材対象を細かに観察するところから取材は始まる。次に詳細に、瞬時に分析する。更に大事な事はそれに基づいて大胆な推論をし、見通しを正しく示さなければ何の説得力も無い。

現役時代の経験からすれば、朝日には政治家の顔を見ずに政治家の腹の中を推測して記事にする記者が多かった。推測に基づいて行った分析記事は誤る。政治家は古今東西を問わず矛盾の塊なのに、記者が勝手に論理的に分析してしまったらその結論は誤謬でしかなくなる。

「台」氏が指摘するごとく、<決定的なのは現状への認識なり分析なり、検証なりがまったくない上に、目指すべき行動というのがどこかで聞いたことが話しなので顔を厚化粧してみせたものの馬脚がみえてしまい、田舎の演芸会にしか思えないことです。>

だとすれば朝日新聞の社長は今すぐこの路線を断固として放擲しなければならない。経営を危うくする。江戸時代の「読売」の原点に帰るべきである。2007・05・04

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