2014年12月04日

◆5000円札に学ぶ

加瀬 英明



今年は、日清戦争開戦から、120年目に当たった。

5千円札を使う時に、手に取って、よく見てほしい。

樋口一葉の肖像が、あしらわれている。一葉はペンネームで、本名をなつ といった。

なつの肖像は、生涯でたった1回だけ、写真館で撮った写真が、もとに なっている。なつは生涯で1度も、洋装をしたことがなかった。

しかし、札の肖像は顔から陰翳を取り除いて、平面的にしてしまったため に、もとの写真の理知的で、蠱惑(こわく)的な美貌が伝わらない。もし、 私がなつに会ったとしたら、恋したにちがいないと思う。

なつは日本が日清戦争に勝った、翌年の明治28(1895)年に肺病を患っ て、25歳で赤貧のなかで死んだ。

なつの葬儀には、家族と友人が12、3人集まっただけだった。

なつは明治5(1872)年に、東京府の下級官吏を父として、府庁舎の長屋 で生まれた。

父は、甲斐国(かいのくに)(現在の山梨県)の農家の子だった。当時は、 長男しか相続できなかったので、明治元年の11年前の安政4年に、江戸に 出た。

なつは11歳で、小学高等科を首席で卒業した。当時の小学校は4年制だっ た。これがなつの最終学歴である。幼い時から、父に古典を教えられて、 古典に親しんだ。

いったい、今日の日本で幼い子に、古典を教える親がいるだろうか。

なつが17歳になった時に、役所を辞めていた父が事業に失敗して、多額の 借金を残して、病死した。

なつは母と妹をかかえて、針仕事や、洗い張りなどの内職によって3人の 生活を支え、不遇な生涯を送った。そのかたわら、死後、高く評価される ようになった作品を、つぎつぎと世に送った。

今日の日本で10代の娘が、家族を養うために、身を削って働くものだろう か。あのころは、男であれ、女であれ、日本人の覚悟が違った。

幕末に開国してから、“文明開化”と呼ばれた西洋化の高波が、日本を容赦 なく洗っていた。しかし、まだ多分に古い時代の生きかたが、人の心を律 していた。

あの時代には、家族のために身を犠牲にするのは、当り前のことだった。 人は家族であれ、隣人であれ、助け合った。日本は貧しかったが、人情が 豊かで、精神性がきわめて高い社会を形成していた。

なつが21歳の時に、小説がはじめて文芸誌に売れた。多作だったが、原稿 料は安かった。

なつの作品は明治時代の前半の人々が、どのように生きたのか、庶民の生 活を生き生きとした筆致で描いている。

なつは日記を遺している。日記にはつらい境遇を生きる苦しさを、嘆くよ うな書き込みが、いっさいない。

なつは日記のなかで、しばしば日本が直面した、内外の情況に触れてい る。そして、日本の将来を思いやった。

病没する前の年に、つぎのように日記に記している。

「安(やす)きになれておごりくる人(ひと)心(ごころ)の、あはれ外(と)つ 国(くに)(註・西洋)の花やかなるをしたい、我が国(くに)振(ぶり)のふ るきを厭(いと)ひて、うかれうかるゝ仇(あだ)ごころは、流れゆく水の塵 (ちり)芥(あくた)をのせて走るが如(ごと)く、とどまる處(ところ)をしらず。

流れゆく我が国の末いかなるべきぞ」

日本が明治に入って、西洋諸国に対して開国してから、まだ30年もたって いなかった。西洋化によって、日本人の生きかたが、蝕まれるようになっ ていた。

ぜひ、なつの切々とした、この訴えを声をだして、読んでいただきたい。

なつが、このように憂いてから、122年がたった。なつが予感した通りの 国となっている。

今日の日本は、物質的な豊かさが満ちあふれているために、かえって人々 の心が貧しくなった。人々が貪欲になって、満たされることがなくなって いる。

そのために、共同体であるべき社会が、急速に壊れつつある。人々が欲得 によって、休みなく駆り立てられて、自分しか顧みないために、苛立ちや すい。

このところ、日本では高速道路がひろがるごとに、人の心が狭くなった。 スーパーや、レストランが立派になるのにつれて、家庭の食卓が貧しく なった。

機能的なマンションが建てられて、生活がいっそう快適になってゆくのに つれて、家族の解体が進み、隣人への親近感や、地域に対する一体感が、 失われるようになった。

若者まで心が疲れて、若々しさを失って、安易な癒しや、刹那的な刺激を 求めている。

欲しいものが、何でも手に入るようになったというのに、この国から希望 だけがなくなってしまった。

人々はついこのあいだまで、人生が苦の連続であると、みなした。

そこで、少しでも楽しいことがあれば、喜んだ。人生は苦労して、乗り越 えるものだった。

ところが、今日では多くの者が、人生が楽の連続でなければならないと、 思っている。そこで、つねに不満を唱えて、すぐに挫折してしまう。

人生が楽の連続であるというのは、真実からほど遠い。だから、精神がひ 弱くなって、傷つきやすい。

幸せになろうとすれば、努力しなければならない。ところが、いまの人々 は幸せになる権利があると、思い込んでいる。

私は幸福を追い求める罪があると、思う。人は幸せになろうと、望んでは ならない。かえって、不幸になる。

それよりも、いまあることに、感謝しよう。試練にも、感謝しよう。幸せ は与えられた環境に感謝しながら、自分をひたすら鍛えて、努力した結果 として、訪れるものだ。

なつは多感だった。西洋化が進んで、日本人らしさが失われてゆくなか で、「安きになれて」「おごる」ようになり、「花やか」なことを求める のを嘆いて、「流れゆく我が国の末いかなるべきぞ」と、憂いた。

今年は、日露戦争開戦の110年目にも、当たる。

日本国民が日清、日露戦争に当たって、一致団結して、奮い立たなかった ら、今日の日本はなかった。

いま、中国の脅威が募っている。日本を取り巻く国際状況が、日清、日露 戦争の前夜によく似るようになっている。

いまこそ、日本国民は110年、120年前に立ち戻って、日清、日露戦争前夜 の気概を、取り戻さなければならない。

安倍内閣が集団的自衛権の行使をめぐって、憲法解釈を改めようとしたの に対して、朝日新聞は「近づく 戦争できる国」という大きな見出しを掲 げて、反対した。

だが、日本が「戦争できる国」だったからこそ、日清、日露戦争に当たっ て、独立を守ることができた。

国の大本である国防をおろそかにして、「安きになれて」はなるまい。

私は5千円札を手にするごとに、なつの言葉を思い出して、噛みしめる。

あなたもも、そうしてほしい。
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