2014年12月06日

◆侍日本が幼児日本に

加瀬 英明



本稿を総選挙の結果で出る前に、書いているが、日本国民が幼児化してしまったことを、慨嘆しなければならない。

アメリカでオバマ大統領が指導力(リーダーシップ)を失って、内に籠るようになったために、世界が騒然となっているというのに、自民党の最大の選挙公約といえば、「景気回復、この道しかない」というものだ。

民主党のマニフェストをみると、「GDPが2期連続マイナスに! アベノミクスは期待はずれ」「社会保障充実の予算が半分に減らされた!」「実質賃金が15ヶ月連続マイナス。働く人はますます苦しく」といった大きな見出しが、躍っている。

公明党は「いまこそ、軽減税率実現へ」、生活の党は「生活者本位の実現へ」、他の党も、国民により快適な生活を約束しており、似たようなものだ。

だが、今の日本にとって何よりも重要な問題は、アメリカが意志力を萎えさせ、中国の脅威が募るなかで、日本の独立を守るために、何をなすべきかという、1点にあろう。

もちろん、安倍政権も「憲法改正」と「国防」を、公約として打ち出すわけにはゆかない。そうしたら、国民が背を向けて自滅する。

これまで歴代の政府も、政党も、国民に国のために辛いことに耐えて、犠牲を払うことを求めたことが、一度もなかった。国民は国家を顧(かえりみ)ることがまったくなく、経済的な損得しか考えない。

アメリカは享楽的な国として知られるが、ジョン・ケネディ大統領が就任演説で、「国が何ができるかということではなく、国のために何ができるか考えよう」と訴えたのは、有名である。

歴代のアメリカ大統領は就任するに当たって、国民に国家に対する責任を果たすことを、つねに求めてきた。

この20年をとっても、クリントン大統領が就任式において、国民に「奉仕の時代(シーズン・オブ・サービス)が来た」と呼びかけ、ブッシュ(子)大統領は、国民に「責任の時代(リスポンシビリティ・エラ)に応える」ことを求めた。

オバマ大統領も、国民に「耐え」「責任を分かちあい」「勤勉、忠誠心、愛国心」を訴えた。

日本では総選挙のたびに、政党が「生活第一」とか、「生活重視」といったスローガンを、掲げる。与野党とも「何よりも生活」を優先するということでは、変わらない。

だが、日本が幕末から明治にかけて、国家として存立を問われた時に、為政者が何よりも「生活を重視する」ことを、訴えただろうか。

今日の日本の政治家には、国民に困難を分かち合い、犠牲を払うことを求める気概がない。

かつて日本占領にあたって、マッカーサー元帥が「日本人の精神年齢は12歳だ」と、嘲(あざけ)ったことがあった。だが、12歳だったら、国の独立を守ることが大事であることを、理解しよう。

ところが、今日の日本人の大多数が、国の役割といえば、オヤツか、ケーキを配ることだと信じているから、いつのまにか、3歳か、4歳の幼児になってしまっている。

多くの国民が「日本国憲法」を、“平和憲法”として崇めているが、日本を非武装化して、二度とアメリカの脅威とならないようにしたものだから、“アメリカのための平和憲法”である。

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