2014年12月07日

◆「アラスカ無宿譚」(4)

日高 一雄



三菱商事を早々に退職する際、本件の一切の資料を商事に置いて来たので、今は記憶に頼ってご報告して居るが、確か1969年6月頃であったと思うが、準備が一切整い日本からの「第5秋津丸」が指定日にアンカレッジ南のケープ・ブロッサム(ブロッサム岬)沖合5マイルの領海境の指定地点に姿を現わし、船尾に日章旗と米国旗を掲げて停泊して居る姿を見た時は、事業の成否を一瞬忘れて、本当に感激した。


小生はアンカレッジから先ず飛行機をチャーターして同船の停泊を確認した上、取って返して税関に交渉し通関役人を船に乗せて領海境界に居る「第5秋津丸」の現場に行って貰い、船と船員の入国手続きを行った。


某日、晴れて「第5秋津丸」は米国領海に入り、而も其処から大きく回ってベーリング海を抜け、更に奥地の北極圏に向かったのであった。通関時、結構海が荒れていて船が右に左に揺れ、米国の背の高い通関役人が日本式に極端に天井の低い冷凍船に頭をぶつけながら、一生懸命入管手続きをしていたのを懐かしく思い出す。

北極圏の「コツエブユー村」と言っても余程の大きい地図でなければ、今でもその村は地図に載っていまい。「第5秋津丸」は確か500トン程度の小型冷凍船だったと思うが、それが沖合に実際に姿を見せた事で、村のエスキモー住民は大いに喜び、鮭を取って冷凍船に運ぶ事を固く決心したのだった。(と小生は感じた)。

此の企画は結果的に大成功であった。最初から加工小屋は形式的なもので、小生は北極圏に役人が居ない事は知っていたので、エスキモーには魚を採った後、生のまま真っすぐに冷凍船に運ぶ様指示はしていた。


最高級のイクラ、筋子の製造は鮮度が勝負で、漁獲直後の生から加工するのが一番いいのである。困った事は日本では見られぬ鮮度抜群の大きな鮭がドンドン船に来るので、日本側の乗組員(生鮭の加工人員)の気持ちが高揚し、嬉しさの余り、船に積んであった私用の酒、タバコをドンドンエスキモー漁民に与え始めた事だった。

酒が入るとエスキモーは翌日の漁には出ない事は直ぐに分かったので、これを厳禁とした。長い話を短くして言うと、志水課長はこの遠征航海で全部の経費を払っても純利益1億円以上を挙げた、と後で耳打ちして呉れた。小生は仕事に大きな危険を冒したからこその大きな利益である事を勉強させて貰い、一緒に嬉しかった。


以上簡単に新規事業がスムースに成功した如く報告したが、実は此の時、もう一つ大きなドラマがあって、小生は思いも掛けぬ「米国の政治」に巻き込まれ、夜も眠れぬ日々を過ごしたのであった。

事件はこうして起こった。先ず、領海内作業の許可は専らワシントンの出先機関と折衝し、地元との大体の話の目途が付いて1969年には極洋船も来る、と決まった。その時点で、極秘に準備した企画を全て州知事に報告し、了解を得ると共に公開しよう、と決意したのである。

1969年春の事である。ジュノーにある州政府に赴き、州知事に事の経緯を説明した。州の辺境地域の経済開発と州民の収入確保の為、日本側リスクは極めて大きいにも拘わらず之を行うので、州知事に知事後援として発表して欲しいと言う趣旨であった。

出来れば本企画を知事の名で祝福して欲しい、とも言った。此の際、連邦政府はケネデイ・ジョンソンの民主党政府であり、アラスカ州はヒッケル氏の共和党である事は十分頭に入れてあったが、州知事が野心の塊である事は知らなかった。

事前に自発的、好意的に全企画を披露し、知事の功績を企画したにも拘わらず、しかし、州知事は理由不明の儘、突然企画実行に反対したのであった。全く予想しなかった知事の態度に小生は仰天した。

後で考えれば、此の意見表明は次の選挙資金を求める知事の三菱に対する催促ジェスチャーであったかも知れない。事実知事は大統領選でニクソン候補を担いで大量の選挙資金を提供していた。

商事としては資金提供の考えは、当時も今も無かったと思う。(と想像している)。本社には残念ながら、知事の祝福が得られなかった事を報告した。

しかし、知事に知られた計画が長く秘密である筈が無い。或る日、突然アラスカの2大地元紙に一面で知事と小生(三菱)が対立している、と報道された。

「三菱と州知事が衝突コースを辿っている」と大々的に報道された後は、新聞は連日「売らんかな」のフォロー記事満載で、地元も小生も恐らく三菱本社も大変な騒ぎとなった。

地元有力紙は2紙あり、1紙は共和党系、1紙は民主党系であった。州知事には嫌がらせの手段はあるだろうが、米国法と現地事情から言って、多分知事は現実的に何時までも反対出来ぬし、小生は連邦政府の応援と理解があれば、政治的にも本件は実行可能だろう、と見ていた。

しかし新聞報道から本社決定が出るまで、約1週間、拡大する報道合戦を横目に見て、小生は眠れぬ夜が続いた事は一生忘れない。

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