2015年01月01日

◆蕪村故郷で一句いかが

〜大阪都島毛馬の淀川神社〜
                       

毛馬 一三



明けまして、お目出度う御座います。本年もよろしくお願い致します。

筆者主宰のNPO法人近畿フォーラム21と毛馬の「淀川神社」との間で、共同して「蕪村顕彰活動」を昨年10月からはじめ、いよいよ今年の元旦から「蕪村神社を蕪村神社として広めましょう!」活動を始めました。

このことを朝日新聞が、昨年暮12月30日「大阪版」に「蕪村故郷で一句いかが」として記事掲載をしました。

同記事を下記を掲載ー
 <江戸時代の俳人・与謝蕪村(1716〜83)が生まれた大阪市都島区毛馬町にある「淀川神社」が、2015年の元日から参拝者が詠んだ俳句の「献句」を始める。「春の海終日(ひねもす)のたりのたり哉(かな)」などの名句を残した地元の偉人について、16年の生誕300年に向けて広く関心を持ってもらおうとの試みだ。(中略)
 

「献句」を始める「淀川神社」の宮司の横路良さんは、「地元でも蕪村の故郷だと知らない人が多くなっている。蕪村と俳句に触れる機会を増やしたい」と考え、神社での献句を思い付いたという。

「菜の花や月は東に日は西に」の句と蕪村の自画像が描かれた縦約24a、横約6aの木製の絵巻を500円で販売。

裏面に自作を含む好きな句と願い事を書いて貰い、境内の絵馬掛けに1年間、かける。横呂さんは「蕪村の句にある土地の今を見て、思いを巡らせながら詠んでほしい」と話す。

献句は、1月1日午前0時からの歳旦祭への参加者から奉納がはじまる。
 
問。い合わせは、「淀川神社・06・621・5980へ。(平井良和)>

そこで、序でに筆者も一筆。

<氏神「淀川神社」を「蕪村神社」として広めましょう>

「淀川神社」は、大阪市毛馬町にある「蕪村公園」のすぐ南側、城北通り道路を渡り、すぐ側にあります。

氏神様「淀川神社」は、元々「十五神社」と称して、平安朝初期または、それ以前に創立されています。同神社は、そのままの形で、当時から摂津の国東成郡友渕村字外島(現・友渕町337番地)に在りました。

また、同じ旧東成郡には明治まで、同じ氏神様で「八幡神社」も在りました。つまり蕪村地の旧東成郡には、2つの「氏子神社」があったのですが、「八幡神社」は明治43年に他神社と合祀し、無くなりました。

ところで江戸時代の俳人与謝蕪村は、享保元年(1716年−生誕日は不明)に、この摂津国東成郡の長閑な村で生まれました。

生家は、父は庄屋で、問屋、宿屋も営む北国屋吉兵衛。母は丹後与謝から奉公人として来た「げん」でした。母「げん」は、器量と気立てが良くて、吉兵衛に気に入られ、2人の間に男の子(寅―後の蕪村)が誕生したのです。

北国屋吉兵衛は、庄屋、問屋でしたから、国東成郡友渕村の農作業を先導して商売に精を出し、特に菜の花から採れる菜種油の生産と販売を幕府から奨励を受けて励んだため、多くの使用人を使って、裕福な暮らしをしていたと云われます。

「氏子」の北国屋吉兵衛の一家が、「淀川神社」に正月などに参拝したのは、間違いありません。蕪村も生誕して両親に抱かれてお参りしたでしょうし、両親を亡くし実家運営苦衷の厄払いの時も、淀川神社に参拝したことは想像に難くは在りません。

17・18歳の時、蕪村が江戸に出奔する時も、「安全祈願」のため2「氏子神社」に行ったでしょう。つまり蕪村(寅)と「神社」の関係は、当時の江戸時代の風習から考えると、氏子として当然深い繋がりを持っていたものだったと思われます。

ところが、前述のようにもう1つの「八幡神社」は、明治43年に合祀して姿を消したので、蕪村生誕地近郊に現存する氏神様は、明治以来「淀川神社」だけになったのです。

つまり当時の蕪村の祈願念を引き継いでいるのは、「淀川神社」だけということになります。

ところで2年前「淀川神社」宮司に就任された横路良さんが、蕪村顕彰と蕪村生誕300年記念行事を進めている私たちNPO法人と大阪俳人与謝蕪村名と蕪村生誕地が毛馬町であることを、「淀川神社」を一つの拠点として、後世に継承して行こうと申し入れがあり、歓喜して合意しました。

つまり、「淀川神社」を「蕪村神社」として全国・海外に広めて行こうと合意したわけです。

そこで最初の合同行事として、「淀川神社絵馬」を作製しました。(朝日新聞掲載)。その絵馬表面には「蕪村の著名俳句と蕪村像」を載せます。同絵馬の裏には、一般俳句愛好家、公私立児童生徒等が、自作の「俳句と願い事」を手書きするのです。

その「絵馬」は、神社境内の「絵馬掛け」に1年間奉納することになります。

蕪村自身が参拝した氏神様「淀川神社」を、「蕪村生誕三百年祭」に向けて、蕪村顕彰諸行事として、私たちNPO法人とが「共同」で押し進めて行くということは、実に素晴らしいことだと思っております。

どうかお正月に参拝され、「絵馬」に「献句」されますようお勧めします。
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