平井 修一
■1月4日(日)。朝は室温9.7度、寒い、晴、フル散歩。
天皇陛下が新年の御感想をお書きになった。
<本年は終戦から70年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。各戦場で亡くなった人々、広島、長崎の原爆、東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。この機会に、満洲事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています>
西洋列強のアジア攻略は1600年代から活発化し、日本に影響を与えだしたのは1850年頃からだろう。列強の船が日本に押し寄せるようになった。薪炭、水をよこせ、開国しろ、貿易をしろと圧迫を加え、結局、明治維新となり、日本は近代化を進めていった。
1945年の終戦までのおよそ100年間は戦争が日常茶飯事だった。それ以降の70年間は冷戦や対峙はあってもパクスアメリカーナで、こと日本については(朝鮮戦争での機雷掃海などを除いて)実戦というのはなかった。
この間に日本は経済大国になったが、目標を与えると整然とそれに向かって進むという民族性が奇跡をもたらしたのだろう。運も良かった。
サイト「日本人よ、誇りを持とう」1/3から。
<ドイツのボン大学のオットー・カロン博士はこのように述べていました。
「私は戦争に敗れた日本を一層尊敬する。心ある外国人は敗戦によって日本の本当のよさを知り、日本をあらためて見直した。私が日本を見直した理由は2つある。
第一は戦争の敗け方の奇跡的な鮮やかさである。敗戦の混乱の中において、国論を一つにまとめて、これを一定の方向に指導することはほとんど不可能に近い。それが世界の歴史の教えている通常の悲劇である。
ところが日本の場合はどうか。事実は意外な姿となって現れた。あの空襲、あの混乱のただ中において、全国民の気持ちを、特攻などの必死玉砕から降伏へと、一瞬にして転換して、整然として世論がまとまった。その不思議な力は天皇陛下の御放送であった。
第二の理由として、敗戦国の元首はその地位に留まり得ないのが世界の通例なのに、日本は亡命どころか、陛下自ら国民を慰めるために全国を御巡幸なされ、それも丸腰無防備で・・・」>(以上)
この続きはこうだ。
<平穏無事なときでも、一国の主権者が、自分の国を廻られるその時には、厳重な守りがなされている。それでも暗殺される王様や大統領がある。それなのに一切の守りもなく、権力、兵力の守りもない天皇が日本の北から南まで、焼き払われた廃墟を巡る。国民を慰める。何という命知らずの大胆なやり方であろうか。いつどこで殺されるか。こう思って(御巡幸の)映画を見ていた。
しかし驚いたことに、国民は日の丸の小旗を打ち振って天皇を慰めている。こんなに美しい国の元首と国民の心からの親しみ、心と心の結び、これはどこにも見られないことである。われわれは改めて、日本を見直し、日本人を尊敬しなければならないと思っている>(「天皇の真実」(河内正臣)より1950年のカロンの言葉)
天皇陛下、皇室を2000年間戴いて、上から下まで国民の融和が進み、温和でありながら同時に一朝ことあれば勇猛果敢に進むという文武の国柄が形成されていった。
70年間の“平和”で毀損されたものも少なくはないだろうが、ネットの普及でマスコミの情報統制は効かなくなってきたから、あと10年もすれば良き日本が大いに甦るのではないか。そのためにも経済が多少なりとも上向き、皆が元気になる必要がある。腹が空いては戦ができぬ。
■1月5日(月)。朝は室温11度、快晴、フル散歩。今日が仕事始めの人が多い。久し振りに街は賑やかになった。
曽野綾子氏の論考は徹底したリアリズムで、世の中、世界、人間をメスで腑分けしている印象だ。遠慮会釈なく、適度に皮肉も交じっている。「寄付する際には、使い道について監視体制が十分機能するかどうかをチェックする必要がある。聖職者も汚職する」なんていう一文は、「すごいなあ」と思わざるを得ない。
年末12/31の産経新聞のコラムは「羊は人間の良き反面教師」。氏は未/羊年だ。
<羊自体は傍で見ると、かなり臭くて汚い。私にとって大きな発見は、羊には主体性が皆無だということだった。自分の判断ということがない。その点、昆虫や爬虫類以下だ。
群を率いる一匹についていくらしい。だから小さな牧羊犬一匹で、簡単に群を動かせるのだ。羊みたいに自分の考えのない人間になったら終わりだとしみじみ思った。
臆病な羊をどうして屠所に引き入れるのですか、と尋ねると、屠所には、群を屠所に引き込むようにしつけられた特別な一頭がいて、それが群をごく自然に屠所内に連れ込むのだという。
実に他人事とは思えない話だ。私たちは、いかなる状況にあっても、自分で判断する姿勢を持ち続けなければならない。
羊が本当にバカな動物に見えるのは、樹木一本ない暑い荒野の中にいる時だ。陽を避ける方法がないので、群は何十匹という丸い玉っころになり、自分の頭だけを前の羊の後脚の間に突っ込んで、それで日陰にいるつもりになっているらしい。
それがせめてもの知恵、ということは言えるかもしれない。いずれにせよ、殺されるだけで抵抗はしない動物だ。
シナイ半島の荒野で、遊牧民に羊の殺し方を見せてもらった。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの文化圏を知るうえで、羊をどうやって殺すかを知らないでは文献を読めない。
若い牧童は、まず羊に水を飲ませ、横に倒して一挙に喉の頸動脈を掻き切った。血はホースの水のように音をたてて吹きだし、ほんの数秒で羊は意識を失った。少しも苦しまなかった。
牧童の足についた血は祝福の証だという。異文化を知ることは、おきれいごとではないのである>(以上)
リアリズムの正論だ。氏を非難する人々がいることに小生は以前から疑問に感じていたが、この一文を読んで、オーエ真理教、池田教などの脳内お花畑の羊のような連中なのだと実によく分かった。イデオロギーに洗脳されているのだ。教祖のクチパクばっかり。救いようがない。
■1月6日(火)。朝は室温12度、曇、生ぬるい風の中、フル散歩。早春を思わせる風だが、雨の前兆だろう。
1/2から習近平の個人崇拝キャンペーンが始まった。人民網の世界中の記者が「習主席はすごい!」という各地のヨイショを集めているが、気持ちが悪くなってとても読めた代物ではない。この時代に個人崇拝とは、いやはや時代錯誤も甚だしい。
群を屠所に引き込むようにしつけられた特別な一頭=習近平がいて、それが14億の群をごく自然に屠所内に連れ込むのだ。バカなことをやるものだ。
毛が搗き トウがこねし 中華餅 土足で踏むは 習近平
新華社1/3「習近平国家主席、2015年の新年挨拶を発表」から。
<現在の世界はまた非常に不安定だ。我々は平和を呼びかけている。そして私は世界各国の人民が共に努力して、全ての人々を飢えと寒さの苦しみから救い出し、全ての家族を戦火の脅威から解放し、全ての子供が平和の日差しの下ですくすくと成長できる環境を作るよう心から望んでいる>
習よ、お前とプーチンとイスラム国が世界の不安定化を招いているのだ。自分が自己肥大の誇大妄想狂のクソ野郎であることをまったく認識できていない。中華帝国のラストエンペラーとして記憶されるだろう。
(2015/1/6)