2015年01月20日

◆ギリシャ、独に「70年前の金返せ」

平井 修一



川口マーン惠美氏の論考「ナチス・ドイツに貸したお金を取り返せるか!? 第2次世界大戦中の借款をめぐるドイツとギリシャの攻防がおもしろい」(現代ビジネス1/12)はじつにおもしろかったし、大いなる発見もあった。[ ]内は平井の追記。

<*大不況の淵に落っこちたままのギリシャ

ドイツの週刊誌『Der Spiegel(デア・シュピーゲル)』は、ときどき本当におもしろい記事を出す。1月12日に発売された同誌の「政府の機密報告: ドイツはギリシャに110億ユーロ[1兆5400億円]を返済しなければならない」は、中でもとりわけおもしろい。

去年の暮れ、ギリシャ国会が解散して以来、ギリシャ情勢は、たいへん微妙なことになっている。1月25日に総選挙がおこなわれるが、右派であるSYRISA党(急進左派連合)が急伸する可能性が大だ。

党首のアレクシス・ツィプラス氏は、SYRIZA党が政権を取った暁には、給与を金融危機以前の水準に戻し、解雇された公務員を再雇用し、民営化も元どおりの公営に戻し、EUとIMFからの債務は返済しないと言っている。

2010年に金融危機が始まって以来、ギリシャは何度も破産の瀬戸際まで追い詰められた。その度にEUとIMFに救われてきたが、その代償としてEUとIMFと欧州中央銀行が、ギリシャ経済を厳しく管理している。そして、抜本的な構造改革と過酷な金融引き締め政策が実施されて以来、ギリシャは大不況の淵に落っこちたままだ。

最初の2年ほどはストやデモで対抗していた国民も、今ではすでに力尽き、デモも起こらない。増税と年金・賃金カットで消費が落ち込み、公的資金は枯渇し、投資は行き詰まり、人々は職を失い、今までバブルで回っていたものすべてが回らなくなった。学校では教科書さえ配布されず、医療保険も壊滅状態、現金がないと医者にも行けず、薬ももらえない。

ギリシャ人は、自分たちの窮乏はEUの干渉のせいだと思っている。特に悪いのはドイツだ。ドイツのメルケル首相が、ギリシャ人の最大の憎しみの対象となって久しい。

しかし、メルケル首相にしてみれば、ドイツの国庫からギリシャへの援助を引き出すだけでも、かなり苦労しているのだ。ギリシャの景気を上向けるための金融緩和など、ドイツ国民が支持するわけはない。

ドイツでは「ギリシャをユーロ圏から追い出せ」とか「ドイツはユーロ圏を離脱すべきだ」などという強硬な意見さえ、巷にはけっこうある。2012年のアンケートでは、回答者の85%がギリシャへの締め付けを弱めるべきではないと答えた。


それゆえギリシャでは反EU的な空気が強まり、ツィプラス氏の人気がどんどん上昇する。ただ、ツィプラス氏はEUから離脱すると言ったわけではない。それどころか、自分が南欧の国々をまとめて、EUで南欧の力が強くなるようにすると息巻いている。「ギリシャが世界市場に振り回されるのではなく、世界市場がギリシャの奏でる音楽で踊ることになる!」のだそうだ。


これに対して、EUの首脳たちは懐疑的だ。EU議会の議長マーティン・シュルツ氏は、ギリシャのユーロ離脱などあり得ないとし、「誰でも本当に政権を握れば、現実的な政治をしないわけにはいかなくなる」と楽観視(のフリ?)。

また、ドイツの財相も「ギリシャは誰が政権を取ろうが、自国の義務を継続して果たさなければならない」と強気だ。現在のギリシャは、人々は貧乏のどん底に落ちたが、財政収支だけを見るなら、ようやく2016年には独り立ちできるところまで行きそうだった。ここで投げ出されては、EU諸国としては、たまったものではない。

*ドイツが賠償問題をスルーできた理由

さて、そこで冒頭のニュースである。これによると、ギリシャの財務省が専門家委員会に、あることを調べさせていた。あることというのは、第二次世界大戦中に、ドイツがギリシャより借り受けた借款についてである。


中身は、ギリシャの紙幣銀行(中央銀行)がドイツ帝国と、その同盟国イタリアに対しておこなった1兆5,000億ドラクマの融資で、強制的なものであったらしい。同委員会の調べによると、ドイツの分だけでも110億ユーロになるという。ドイツは当時、戦争が終わった時点で返済を始めると約束したが、もちろん、一銭も返していない。110億ユーロは、現在極貧の小国ギリシャにとっては、けっこうありがたい金額のはずだ。


ドイツとギリシャの間には、ほかにもいろいろな係争がある。たとえば戦時賠償。

1944年夏、[ナチスの]SS(親衛隊)の選抜戦車師団が、ギリシャ中部のディストモという町で、ゲリラ攻撃に対する報復として、赤ん坊や老人を含めた218人の町民を殺している。ソ連や東欧に目を移せば、犯罪の規模と頻度はさらに拡大する。しかし、ドイツは被害者に対しては、現在まで賠償を支払っていない。

ディストモに関しては、1997年、ギリシャの裁判所がドイツに3,750万ユーロ[52億5000万円]の賠償支払いを命じたが、ドイツ政府は断固拒否し、国際司法裁判所に訴え、そんな義務はないと言わせている。国際司法裁判所は、司法の最高権威であり、ここで決まったことはもう覆せない。

なぜドイツが戦時賠償を払わないでよいかというのは、次の理由による。

戦時賠償というのは講和条約が結ばれて初めて成立するものだが、ドイツは戦後、東西に分裂したため、どの戦勝国とも講和条約を結んでいない。

当時はまさか分裂が40年も続くとは誰も思わず、そこで、賠償問題はドイツの統一を待ってからということになったが、1990年になってようやく東西ドイツが統一されたときに結ばれたのは "講和条約"ではなく、"2+4条約"(東西ドイツ2ヵ国+連合国4ヵ国の意)だった。こうしてドイツは賠償問題をスルーしてしまった。

ただ、ドイツ国軍の戦争犯罪はディストモだけではないし、ギリシャが請求できそうな戦時賠償はほかにもいろいろあると言われており、その金額はギリシャ側の推定では1,000億ユーロ[14兆円]にのぼるという。

ただ、これら戦時賠償はドイツが支払いを拒否するだろうし、時間が経ちすぎていて、国際司法裁判所でもギリシャにあまり勝ち目はない。それに比べて今回の借款[冒頭の110億ユーロ≒1兆5400億円]は、金額も慎重なもので、議論の余地なしと見られている。ドイツの経済学者などの意見も同じらしい。

最初の報告書はすでに2013年の前半に出されていた。しかし、当時、同年9月のドイツの総選挙を考慮し、ギリシャ政府はこのレポートを公にしなかったと言われている。ギリシャ政府の意向では、その後もドイツ政府とのいざこざを避けることが重要だった。

*ツィプラス氏が選挙に勝ったら、金融引き締め措置撤回?


さて、今、これが公になったことには、どんな意味があるか?1月25日にギリシャの運命を決する重要な総選挙がおこなわれることを考えれば、それこそ微妙な時期である。

ツィプラス氏がEUにお金を返さないと言っているのは、おそらく戦時中のこの借款の返金を頭に入れながらの話に違いない。これまで、気分としてはツィプラス氏を応援したくても、冷静に考えたらできないと思っていた人たちが、財源を確保できるとなると、ツィプラス氏支持にどっと流れる可能性がある。

SYRISAのスポークスマンは、「これまでのギリシャ政府がテーマとして扱わなかったことを、我々は取り上げるだろう」と言っている。それに対して左派の同盟は、戦時中のお金の借り貸しは二国間の問題で、EUの経済援助はEU全体の問題なので、両者を切り離して考えるべきだとSYRISAを牽制している。

しかし、ギリシャ人としての本音は、ドイツから取り戻せるお金があるなら、ぜひとも取り戻したいところだろう。いずれにしても、ツィプラス氏は、左派の忠告になど耳を貸さない。彼は、選挙に勝ったら、金融引き締めの措置をも撤回する意向だ。

110億ユーロというのは、小国ギリシャの国家支出の6%に当たる。そして、ツィプラス氏が、選挙に勝ったら国民に約束している給与の金融危機以前の水準への引き戻しや、解雇された公務員の再雇用、民営化の取り消しなどといった施策にかかる経費をちょうどカバーしてくれる額だそうだ。

ギリシャは2010年に金融危機が始まって以来、EU加盟国とIMFより、2,000億ユーロ[28兆円]の援助を受けている。うちドイツの負担したのが650億ユーロ[9兆1000億円]で最大。

しかし、ドイツ政府内では、今、にわかに、ギリシャにおこなった援助の返済を免除しようかという話が持ち上がっているという。戦時中の借款の返金の話が、それに関係しているのかどうかはわからない。

しかし、ひょっとすると、ナチが強制的に融資させたのは、ギリシャだけではないのかもしれないので、政府がこの話は早いうちに押しとどめないと大変なことになると思っている可能性はある。

日本は戦時賠償などというと、払わなくてもよいものまで払ってもまだ責められるが、ヨーロッパでは、脅すほうもかわすほうもとにかく役者がそろっているようだ>(以上)

ま、“希独の銭闘”だな。ギリシャでは銀行の取り付け騒ぎが始まったようだ。

ところで「ドイツは賠償問題をスルーした」というのはどういうことだろう。戦時賠償について調べてみた。

<戦争賠償(戦時賠償とも)は、戦争で生じた損害の賠償として、ある国が他の国へ金品や資産を提供すること。

多くの場合賠償金の形を取る。賠償する対象は戦勝国の費やした戦費も含まれ、戦争法規違反には限らない。よく似た概念語として「戦後補償」があるが、一般に戦争賠償は国家間、戦後補償は国家対個人の賠償・補償を指す場合に使われる。

1949年、ドイツには二つの分断国家、ドイツ連邦共和国(西ドイツ)と、ドイツ民主共和国(東ドイツ)が成立し、正当な継承国が決定されない状況下のため賠償問題の解決は統一後まで一時棚上げされることになった。

1990年9月12日のドイツ最終規定条約により、ドイツの戦争状態は正式に終了した[東西ドイツ統合は1990年10月3日]。しかしこの条約には賠償について言及された点は存在していない。

このため統一後のドイツ連邦共和国はドイツの戦後問題が最終的に解決されたとしており、法的な立場からの賠償を認めていない。ただし、道義的な立場としての賠償は行っている>(ウィキ)

「(第一次大戦後)ヴェルサイユ条約でドイツに課せられた膨大な賠償金がドイツを再び戦争へと向かわせたことへの反省から、(連合国は)できる限り在外資産を没収する形での賠償をさせようという方針がとられた(第二次大戦後のドイツにも同様の措置がとられている)」という記述もあるから、上記のウィキの内容は賠償金についてのものだ。

日本は賠償金、準賠償金、見舞金、経済援助金、在外資産放棄などで賠償した。さらにODAで貢献した。「ユスリタカリも芸のうち」で中韓はまだ金を吸い取ろうとしているのには呆れる。

日本人は人が良すぎる。狡猾さ、セコさ、寝技、腹黒さ、ブラフなどを学んだ方がいい。特亜には研究対象があふれている。(2015/1/17)


この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。