2015年01月23日

◆「事実」直視せぬ朝日

阿比留 瑠比



周恩来の「免罪符」を愛用し

大阪大の坂元一哉教授が19日付小紙の1面コラム「戦争反省史に見る誤解」で、3日付の朝日新聞社説の「誤解」を指摘していたので、僭越(せんえつ)ながら少し付言したい。戦後70年の今年は、この問題が繰り返し論じられるとみるからだ。


復権したA級戦犯

くだんの朝日社説「日本人と戦後70年 忘れてはならないこと」は、次のように記している。

「日本は1951年のサンフランシスコ講和条約で東京裁判を受諾し、主権を回復した。戦争責任をA級戦犯に負わせる形で国としてのけじめをつけた。この事実は否定しようがない」

一方、坂元氏は講和条約が戦争責任について全く言及していないことを押さえた上でこう反論している。

「戦後の日本が、戦争責任をA級戦犯に負わせて『けじめ』をつけたとは、平和条約の解釈を別にしても、いい難いことである。たとえば日本は、国際社会への復帰を象徴する国連加盟(56年)の晴れの舞台に、A級戦犯として刑に服した重光葵(外相)を代表として送っている」

「日本は、A級戦犯など一部の人々に戦争責任を負わせるのではなく、国全体でそれを負う形をとった」

実際、後に勲一等を授けられた重光氏(禁錮刑7年)だけでなく、同じくA級戦犯として有罪判決を受けた賀屋興宣氏(終身禁錮刑)も釈放後、法相に就任している。本当に日本が「戦争責任をA級戦犯に負わせてけじめをつけた」のであれば、重光氏や賀屋氏の復権などありえない。

また、東京裁判で被告全員無罪を主張したインドのパール判事は、その判決文(意見書)でA級戦犯についてこう強調している。

「本件の被告の場合は、ナポレオンやヒトラー(など独裁者)のいずれの場合とも、いかなる点でも、同一視することはできない。日本の憲法は完全に機能を発揮していた」

「今次行われた戦争は、まさに日本という国の戦いだった。これらの人々は、なんら権力を簒奪(さんだつ)したものではなく、国際的に承認された日本国の機構を運営していたにすぎない」

にもかかわらず朝日社説のような論調がまかり通るのは、一つには同じ敗戦国のドイツが、ナチスと一般国民を切り離して整理し、前者に戦争責任を押し付けた例があるからだろう。

存在しない敵

そしてもう一つは、昭和47年の日中国交正常化に当たって、中国の周 恩来首相(当時)が国内向けにこんな説明を行ったことがあるのではないか。

「日本の中国侵略は一部の軍国主義者によるもので、一般の日本人も戦争の被害者だった」

この「免責」をありがたがり、自らの歴史観や政治的主張を通すために利用したい勢力がいるのである。

第1次安倍晋三内閣時代の平成18年10月、安倍首相が国会で周氏の 説明について「日本がその見解を承知したとか、日本側も同意してつくっ たというものではない」と事実関係を答弁したところ、質問者の社民党の福島瑞穂党首(当時)はこう食ってかかった。

「それは重大だ。安倍首相は(一部の軍国主義者と一般国民を)分ける見解に立たないのか」

朝日社説は「うわべだけの『帝国の名誉』を叫ぶほど、世界は日本の自己欺瞞(ぎまん)を見て取る」とも警告するが、そんな叫び声を政界で耳にしたことはない。朝日は存在しない敵にファイティングポーズをとるのはいいかげんにして、あるがままの事実を直視した方がいい。(政治部編集委員)産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】2015.1.22


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