2015年02月17日

◆私の「身辺雑記」(191)

平井 修一



■2月14日(土)。朝は室温11度、快晴、冷え込んで未舗装の散歩道はカチンカチンに凍っていた。それでも梅の蕾は2ミリになった。あと少しで春が来る。

わが街で産経は朝日ASAが配達している。昨年夏ごろまで4:30に届いたが、秋頃から4:45になり、今は5:00だ。3時から3時間配達するとすれば、180分が150分になったことになる。朝はきついから3:30から配達しているかもしれない。配達時間は2割減だ。

朝日は公称800万部だったが、640万部に減ったかもしれない。押し紙を除いた有償部数が700万部とすれば560万部あたりになっているとも思われる。このあたりは闇だ。新聞界は「真実の報道」を詠うが、有償部数はアンタッチャブルなのだ。

以前、散歩の途中にASAの古紙回収車(ワゴン車)を覗いたら梱包されたままの古紙がずいぶんあった。壮大な嘘に伴う壮大な資源の無駄だ。

わが街のASAは本業だけでは苦しいのだろう、「研ぎ物、傘修理、靴修理」の引き取り・配達もやっている。チラシ減、部数減がボディブローになっている。若者は新聞を読まない。80を過ぎた老人も読まなくなる。

中国新聞も4月末で夕刊を止めるが、紙媒体としての新聞は斜陽だ。一方で電子版の課金では各社とも苦戦している。新市場だから五里霧中、暗中模索で試行錯誤だ。

どうにか成功しているのは英紙ガーディアン、米紙ウォールストリートジャーナル、ニューヨークタイムズくらいではないか。世界でたった3紙!

電子書籍も日本ではほとんど話題になっていない。出版流通コンサルティング・冬狐洞隆也氏の分析から。

<日本の電子書籍市場は何もかも未熟さを脱していない。業界が騒ぎすぎる割には現実が追い付いていない。また、米国ではある程度、成功したかもしれないが、ここは日本であり、業界構造も、売れる本の質も全く違うのにアメリカの成功を日本でも成功できるとの幻想を見ている人が多い。日本は電子コミック以外それほど拡大しないと推測する>(「出版業界の豆知識」14/9/2)

高2のオツムの小生は高校用歴史教科書「日本人の誇りを伝える最新日本史」を座右の書としているが、先日、こんな記述に出合った。

<縄文時代は、土器の変化をもとに、草創期・早期・前期・中期・後期・
晩期の六期に区分されている>

ネットは1995年あたりから普及したからまだ20年だ。現在は草創期/黎明期あるいは早期(土器の下が丸いか尖っている、穴ぼこに置くタイプ)ではないけれど、前期(底が平らでちょっとおしゃれ)あたりではないか。

中期になると複雑なデザインの土器が登場して百花繚乱という感じになるのだが、ネットはまだ前期で発展途上なのだ。電子新聞や電子書籍が紙媒体の減少を補うくらいに商売として成り立つまでには、あと10年ほどはかかるかもしれない。

■2月15日(日)。朝は室温10.5度、快晴、フル散歩。

莫邦富氏/作家・ジャーナリストが2/5にこう書いていた(ダイヤモンドオンライン)。

<中国から撤退した(日系の)会社を指折り数えていた友人は「中国市場の特徴を理解しようとしない。ひたすら自分たちの思い込みで中国でのシェアを取ろうとする。なぜこれらの会社はみんな同じような失敗を繰り返しているのだろうか。なぜ他社の失敗から学ばないのだろうか」と不思議そうな表情を浮かべた>

日系企業のやり方が悪いんじゃないのか、という論調だ。しかし1週間後の2/12にはこう書いている。

<すこし時間が作れたので、日本帰りの上海の友人と一緒に鍋貼(焼き餃子)に挑戦した。

上海の高級住宅地にある鍋貼専門店に入り、念願の鍋貼と牛肉春雨スープを注文した。味は見事に裏切られた。郷愁はやはり記憶に温存すべきものだと改めて認識した。

2人で31元(約600円)の夕食を済ませたあと、鍋貼専門店を出た。「民工(出稼ぎ労働者)なみの支出だった」と思わず感想を述べた。

この店の隣は不動産仲介会社の店舗だ。大きな窓ガラスに物件の案内がたくさん貼られている。それにふっと目をやると、日本円に換算すれば1億円以下のものは見当たらなかった。一番高いのは9800万元(20億円近く)で売り出した中古マンションだ。

誤解を招かないために、先に断わっておきたい。これはマンションのビル1棟を購入する価格ではなく、マンションの一住宅単位だ。ただ、建築面積が約600平米で、ベッドルームは5つ、リビングルームは4つ、トイレ付バスルームは5つ、といった超高級マンションだ。

31元対9800万元が隣り合わせしているこの現実に、改めて格差が開きすぎるほど大きい今日の中国社会の矛盾を体感した。

足に任せてすこし進むと、衡山路に入る。昼間は人通りもまばらだが、夕暮れとともにどこからともなく、ピンヒールのイケイケギャルや仕事終わりのサラリーマンが集まり、活気に満ちる空間となる。

しかし、今回、目にした光景は打って変ったものになっている。多くの店は閉まっている。冬のせいかもしれないが、街は寂しげな空気に包まれている。冬とは言え、旧正月(春節)が10日後に控えていたこの時期は本来、もっと賑わってもいいはずなのに、と不思議に思った。

北京でも同じような体験をした。(ホテルの)レストランに入ると、客は2、3組しかいなかった。街のレストランも閑散としている。習近平氏が推し進めている腐敗撲滅で、公費を使って飲み食いする輩が高級レストランに行けなくなった結果かもしれない。

レストランばかりではなく、デパートやスーパーでも活気がいま一つのような気がした。いままでは、旧正月を迎えるためにプレゼント用や縁起を担ぐ用の商品などをたくさん買い込む時期なのに、いまやその熱気をなかなか体感できなかった。

海南島を訪れたとき、ゴルフ場のなかに設けられたホテルに泊まっていたが、それも例年ほどの賑わいはまったくなかった。

地元の人に確かめてみたら、やはり「景気が悪くなった」「公用族が減った」という理由が多かった。

日系IT企業で重役を務めていた友人はいまや海南島地元の農業、牧畜業の大手企業で人事部長を務めている。急速に成長する民営企業なので、人材の育成が追い付かず、秩序ある社内統制もうまくとれていないところはその新しい職場での悩みになっている。

沿海部の一流大学を出て、海南島の火山村に戻って村おこしに精魂をつぎ込む30代の青年を訪ねた。

彼の努力の結果、火山村で作られたライチはインターネットを通して飛ぶように売れて、村が潤った。最近の新しい挑戦はライチ風味のお菓子作りだ。「日本のお菓子からいろいろとヒントを受けた」とそのきっかけを隠さずに教えてくれた。

しかし、順風満帆のように見えた彼も深刻な悩みを抱えている。中国の行政単位の末端は複数の村を束ねて管轄する鎮や郷となっている。火山村が所属する鎮の鎮長は彼(青年)の成功を面白く見ていない。むしろ、自分の無能ぶりを炙り出されたという被害者意識が強まり、村おこしに励む彼を敵視している。

鎮長によるいろいろな妨害を受けている青年は、「正面衝突はなるべく避けるようにする。相手の顔を立てられるところはきちんとその顔を立てるようにする。時間はこちらにある。鎮長の任期もいずれは終わり、新しい人が鎮長になるだろう。そこまで付き合っていかなければならない」と語った。

年齢に似合わぬその器量の大きさに感心しながら、中国ビジネスの難しさを再認識しているところでもある>(以上)

莫邦富氏は中国ビジネスについてのプロである。「先入観を引きずったままだと、日本企業はどんどん中国市場から脱落しかねない。色眼鏡を外し、中国ビジネスの変化に改めて目を凝らす必要がある」というのが同氏のコラムの主旨だ。

しかし、今回の訪中で「忍び寄る景気減速と格差の現実」を実感し、さらに「中国ビジネスの難しさ」を再認識した。

氏こそがこれまで「色眼鏡」で中国を見ていたのだ。今回、リアリズムで初めて中国を見てショックを受けている。覆いようのない現実があったのだ。氏のコラムは2/12で244回を数えている。一体それは何だったのだろう。虚しくないか。

■2月16日(月)。朝は室温11度、快晴、フル散歩。耕作放棄地の灌木の中に白いものがあるのでよく見たら梅が満開だった。びっくり。日当たりがいいとそうなる。生産緑地の西側の梅は二分咲きだった。春は確実にやってくる。

莫邦富氏の乙女チックな衝撃の件だが、要は習近平の「ハエ叩き、虎退治」に14億の民が興じている間に中国経済はとんでもないことになっているのが明らかになったということだ。昨年のGDP成長率が7%台なんて嘘八百(もともと数字の根拠がない)で、良くてゼロ%、今年は確実にマイナス成長だろう。

<[北京2/11ロイター]プラダのバッグのコピー品や米アップルストアの偽店舗、果ては人工の卵まで、偽造品を作り出す中国の能力はもはや伝説的と言っていいだろう。欧米の関税当局が没収した偽造品は、その約4分の3が中国製だ。

中国政府は、電子商取引大手アリババに偽造品対策強化を要請するなど、こうした問題に表向きは取り組んでいるように見える。中国国家工商行政管理総局(SAIC)などは先月、アリババの管理不行き届きが原因で、同社プラットフォーム上で偽造品が横行していると批判する報告書をまとめている。

SAICは抽出したサンプル商品の92%が偽造品、もしくは品質が不十分であったとしている>(以上)

92%が模造品か不良品って・・・救いようがない。サーチナ2/13から。

<中国の大手ポータルサイト騰訊(テンセント)は10日、日本製品を好む背景には「匠の心」への崇拝と信頼があるとの考えを示した。一方で、中国製品が嫌われるのは「国家能力に対する否定票」と主張した。

日本製品に対する高い評価も「美しさ、きめ細かさ、実用性、耐久性」という特徴を持つ日本製品全般に長期間接触した結果として「刻まれたイメージ」と指摘。

さらに、日本の製造企業に共通する、研究者や労働者の高い水準や、厳しい消費者に鍛えられたことで、中国では日本の「匠の心」への崇拝と信頼が定着したと論じた。また、欧米製品も中国人消費者の信頼を得たと指摘した>(以上)

1972年の日中国交回復以降、中国経済の最大の応援団、タニマチは日本だったが、彼らはこの40年間で一体何を学んだのだろう。見栄と面子で「小日本、小鬼子の言うことなんて無視」と、何も学ばなかったのではないか。そうとしか考えられない。

一流の経済、技術を身に付ける前に“習近平不況”が始まってしまった。中共独裁がつづくかぎり二度と立ち上がれないだろう。(2015/2/16)
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