2015年02月19日

◆人は生まれながら平等ではない

Andy Chang

世界人権宣言の第1条に、「全ての人は生まれながらにして自由であり、かつ、宣言と権利について平等である」とある。世界人権宣言は理想であり、同時にウソである。人は生まれながら平等ではない。「人は生まれつき自己の思想行動において自由平等である権利を持つ」と書くべきである。

人は生まれつき平等ではない。平等宣言は人類の理想かも知れないがどの国も人権宣言を遵守しない。

不平等を無くすのは「為政者の理想」であるが為政者にできることは少ない。資本主義は自由競争の便宜を図る、つまり人に出来るだけ多くの自由を与える。共産主義(または社会主義)は「為政者が」平等を強制するから為政者独裁となる。独裁は不平等の極みである。

●共産主義の失敗

共産主義が成功したのは「階級闘争」であった。人は生まれながらにして不平等で社会も不平等である。だから共産主義とは不平等を無くす戦い、階級闘争であった。不平等はいくらでも作り出せる。資産階級と無産階級、資本家と労働者、資産家と貧乏人、地主と小作人、なんでも階級闘争の目標となる。

闘争とは奪うことだ。無い者が有る者から奪い取るのが階級闘争である。個人的に闘争は難しいから共産国家が強制する。ソビエト連邦や中国共産党は階級闘争を「人民の為」をスローガンとしながら資産階級から掠奪したものを国有資産とした。中国では「黒五類」と呼ぶ「地主・富農・反革命者・破壊者・右派」を人民の敵として処罰した。

共産主義とは階級闘争だが、階級を無くすために強力な政府を創り、政府と人民が対立し、新しい階級だ生まれた。共産主義を実施した国家は階級闘争を叫びながら統治階級と被統治階級、「主人と奴隷」の階級を作り上げたのである。

中国の共産主義は失敗したが、毛沢東に続くトウ小平が独裁的資本主義を導入した。独裁的資本主義は為政者の権力と汚職の源泉となったのである。本来なら資本主義は自由競争であるべきだが、独裁的資本主義は権力者に決定権があるため汚職が横行するようになったのである。自由競争ではなく政府が独り占めしたのである。

毛沢東は無産階級闘争で資産家を追放したが、毛沢東独裁となった。トウ小平は為政者階級と無産階級を作った。いまの習近平は汚職追放を掲げて地方独裁を無くし、唯一人の独裁者となるつもりである。習近平は独裁者だけでなく覇権国家としてアメリカと蹴落とそうとしている。つまり世界の独裁者、皇帝を目指す。

●オバマ共産主義の失敗

オバマの外交政策においての失敗は世界各国の知るところである。オバマが大統領に就任して以来、中東問題はヘマの繰り返しで、ISISの急速な発展を許しただけではなく、最近の米国記者、日本人記者の殺害からヨルダンの飛行士を焼死し、エジプトのコプト教信者21人を並べて斬首した事件など、オバマは米兵の中東派遣を拒み続けている。

ジョン・ケリーは50年来最悪の国務長官と言われ、6年間でCIA長官三人、中東問題の軍司令官は5人以上が退役し、内政部長、税務局長などが相次いで辞任した。辞任したCIA長官のうち二人はオバマ在任中に回顧録を発表してオバマを厳しく批判し、三人目は辞任したばかりだ。

オバマは共産主義者だといえば反対する人も多い。オバマが社会主義者、人種主義者(黒人優先)なのは誰も認めている。外交の失敗はともかく内政でも失敗している。なぜなら彼は「富の再配分」という大義名分をもつ独裁者を目指しているのである。習近平の野心と変わりはない。

「社会福祉国家」といえば国民は賛成するかもしれないが、資産家から金を取って無産階級に与えれば共産主義国のように補助金で暮らす怠惰な国民が増えて生産力が激減するのは当然である。

民主党は政府が補助金を出して国民の生活を助ける趣旨の政党で、金持ちから金を取って中産階級や無産階級に国家補償として与えるのが理想で、大きな政府を目指すと言われている。政府は非効率的だから政府が金を扱えば浪費が増して国民に与える分が減る。

オバマはこれに輪をかけた浪費家で、当選前はブッシュが8年間で赤字を4兆ドル増やしたと批判したが、オバマが当選6年で赤字を6兆ドル増やした。それでもまだ高収入者の所得税を上げる政策を主張している。オバマ共産主義の失敗である。

●資本主義とは自由競争

共和党の主張とは、国民の税金を軽減すれば国民全体が潤い、経済活動が活発になる。国民の自由競争が進めば国は強くなると主張する。資本主義の要諦は自由競争である。オバマとは違う政策を主張しているがオバマは共和党に闘争的で米国は二極化した。

人は生まれながらにして思想、行動の自由と権利が保障されなければならない。人は生まれながら不公平である。人種、皮膚の色、宗教など違った社会に住んでいる。個人能力にも違いがある。しかし政府として自由民主を尊重し、個人の活動を保証するなら個人の負担(税金)を軽くすべきである。できる者、富める者から税金を多く取って競争力や行動意力を矯めるべきではない。

国の指導者が自由競争を助ければ国は強くなる。指導者は社会格差を無くすと称して資産階級から掠奪してはならない。国家補償の福祉は国民を怠惰にする罠である。



    
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