2015年02月20日

◆私の「身辺雑記」(192)

平井 修一



■2月17日(火)。朝は室温11.5度、曇、フル散歩。蝋梅、紅梅、白梅があちこちで咲き始めた。春子よ、早くおいで。

そう言えば間もなく64歳になる。銀行が誕生日祝いの“粗品”を持ってきた。まことに粗品だった。来年には「高齢者」になるのだが、そこそこ健康なら70歳定年でもそれなりに働けるのではないか。

父は61歳で亡くなった。小生が58歳でリタイアしたのは「自分も早死にだろうから、少しでものんびりしたい」という思いからだった。中共殲滅、朝日・岩波撲滅を見るまでは生きていたいなあとは思うが、どうなるものやら。

ソ連の崩壊や台湾の民主化なんてまったく想像もしていなかったが、小説より奇なることは起こるのだ。無血のゴルビー革命、李登輝革命。小生は2氏を尊敬している。習近平が暴れているのは断末魔なのかもしれない。

温厚な柯隆氏も次第に舌鋒鋭くなってきた。中共に愛想を尽かし、日本に帰化する覚悟ができてきたのだろうか。氏の論考「人民はバカじゃない 中国の愚民政治はいつまで続くのか?」(JBプレス2/16)から。

<中国では社会主義中国が成立してから一貫して「愚民政治」が行われてきた。人民を愚民化して、関心を政治からそらす愚民政治は、もちろん中国の専売特許ではない。

かつて日本でも愚民政治が行われていた。「水戸藩資料」には、徳川斉昭が「百姓に学問など全く不要だ」と公言したことが記述されている。権力者にとって人民を愚民化したほうが国を統治しやすくなる。

愚民政治においてもっとも重要なツールはプロパガンダ(宣伝工作)である。社会主義中国が成立する前の共産党は「共産党こそが貧しい人民の政党である」と宣伝していた。建国したあとの共産党は、「共産党がなければ、新中国がない」とのプロパガンダを徹底した。

また、毛沢東については、「大海を航行するときはヘルムスマン(ヨットの舵を取る乗組員)が頼りになるが、革命においては毛沢東思想が頼りになる」といった宗教の説教のようなプロパガンダが作られた。

プロパガンに加え、愚民政治が効果を発揮するためにもう1つ重要な条件がある。それは、外部の情報を遮断することだ。


毛沢東時代、中国社会は完全に真空パックされたような状態で、人民は外部の情報にまったく接することができなかった。外国の新聞を目にすることなどないし、一般家庭にはテレビなどなかった。唯一、外国の情報に触れることができるのは短波ラジオを通してだった。

政府は外国のラジオ放送を「敵台」(敵国のラジオ)と定義し、ラジオを聞く人は密告されて投獄された。多くの中国人は「敵台」が有害なものであると信じ、自ら聞こうとはしなかった。

むろん、今の中国社会をもう一度真空パックすることはできない。中国社会はすでに開放されている。いまや、毎年1億人以上の中国人が海外旅行に出かけている。インターネットは厳しく監視されているが、中国政府にとり不都合な情報を完全に遮断することはできない。

ちなみにネットにおいては、最近、時代の流れに逆らった言動が散見され、中国は毛沢東時代に逆戻りするのではないかと心配する向きがある。こうした心配は無意味ではないが、過度な心配は無用である。

*プロパガンダに迎合する知識人

金融市場では、わずかな資金をリスクの高い金融商品に投資して一獲千金を狙う投機的行為がある。社会主義体制では、マインドコントロールされていない知識人の「投機的行為」が見られる。つまり、政府のプロパガンダを熟知している知識人が、それに迎合した言動を繰り返すことで、自らの利益を最大化しようとするのだ。

世界的にも名前が知られている清華大学の某教授(経済学者)は、「中国共産党の集団指導体制はアメリカの民主的選挙で選ばれる大統領制より優れている」という趣旨の文章を執筆し、中国国内で発表した。

この大学教授はアメリカのマセチューセッツ工科大学(MIT)に客員教授として長期滞在したことがある。米国の大統領制と中国の集団指導体制の違いは、もちろんよく知っているはずである。指導者が聞きたいことしか言わないのは、まさに迎合主義者の常套手段である。

中国が社会主義体制を持続していくためには、自らにとり都合の悪い情報を遮断し、人民を愚民化していかなければならない。そのために政府はそのプロパガンダを利用し、人民に向けて同じような“説教”をなんども繰り返していく。

最近、中国の教育部長(文科大臣)は「学校で西側の価値観を教えてはならない」という談話を発表した。今さらこんな発言にどんな意味があるかと思われるかもしれないが、現下の政治環境を反映した発言とも言える。

*権力を失うことがなによりも恐ろしい中国の政治家

社会主義政治のもう1つの特徴は恐怖主義である。重慶市共産党書記だった薄煕来は、在任期間中に複数の政敵を違法な手段で投獄した。だが、権力闘争に敗れ汚職容疑で起訴された薄煕来は、皮肉なことに自分も公正な裁判を受けることができなかった。

日本の政治家は選挙で負けても、身の安全は保障されている。しかし、中国の政治指導者にとって、権力を失うのはこの上なく恐ろしいことである。天安門事件をきっかけに失脚した趙紫陽元共産党総書記は、裁判を受けることもなく、死去するまでずっと軟禁状態に置かれていた。

現在、習近平国家主席は共産党内の腐敗撲滅に取り組んでいる。だが中国の研究者の間では、権力者にとっては幹部が腐敗しているほうがいいとの指摘がある。なぜならば、政見が異なる幹部が腐敗していれば摘発する口実ができるからである。

こうして社会主義の政治においては、人民の存在はほとんど無視されていると言ってよい。共産党幹部の執務室が集まる北京・中南海の入り口には、「為人民服務」のスローガンが掲げられている。しかし、彼らは本当に人民のために服務しているのだろうか?>(以上)

インテリの心は中共からすっかり離れたと見ていいだろう。尊皇攘夷・公武合体が、ある時から「倒幕」に転換する。化学変化が起きるのだ。中共崩壊は必ず起きる。

■2月18日(水)。朝は室温11度、微雨、フル散歩。

ド素人のルーピー・オバマは米国にとって喜劇だが、世界にとっては悲劇だ。米コラムニストのチャールズ・クラウトハマー氏の論考「対テロ戦に消極的なオバマ氏」(世界日報2/17)から。

<ウクライナでは融和策 米国の倫理的正当性を否定

【ワシントン】国防長官は「世界の至る所が爆発している」、司法長官は、テロの脅威で「夜も眠れない」と言う。これは、現状を見れば、誰の目にも明らかだ。人質のカイラ・ミューラーさんの死亡が10日、確認された。11日には、イエメンの米大使館員らが退去した。イエメンは昨年9月にオバマ大統領が、米国のテロとの戦いの成功例と言っていた場所だ。

国外がこれほど混乱しているにもかかわらず、それに対してオバマ氏は、無気力と受け身の姿勢でしか対応してこなかった。

国家安全保障担当の大統領補佐官は、心配は要らないと言う。第2次世界大戦ほどではないという。混乱していると言っても、人類史上最大の破壊と戦争をもたらした第2次大戦のレベルにはまだ達していないから、安心していいと言っているかのようだ。その一方で大統領は、懸念を増大させているのはマスコミだと主張している。

ロシアは、ウクライナ東部深くに入り込み、「イスラム国」は、ヨルダンのパイロットを焼殺した。イランは、アラブの4カ国の首都に影響力を拡大している。ベイルート、ダマスカス、バグダッドと、最近はサヌアにも手を伸ばしている。

米国はそれをじっと見ているだけだ。オバマ氏はこのやり方を「戦略的忍耐」と呼ぶ。これは、戦略があると見せて、実は「行動しない」と言うのと同じだ。

ロシアを例に取ってみよう。(2/9のオバマと)メルケル独首相との1時間に及ぶ記者会見で出てきたニュースといえば、ウクライナに防衛的兵器を供給するかどうかはまだ決めていないという点だけだった。ロシアは、T80戦車とグラード・ロケット砲を投入している。米国は人道支援を実施し、毛布、軍用携行食、心理カウンセラーを送った。

ウクライナにぴったりの支援だ。T80の砲撃を受ける人々の心の痛みをカウンセラーを派遣して癒やそうというのだ。オバマ氏は、「ウクライナの人々は、米国が共にいるということを確信してくれるものと思う」と語った。

毛布のことも忘れてはいけない。エリオット・エイブラムズ氏は、米国はかつて民主主義の武器庫だったと語った。それが今では、毛布の保管庫だ。

なぜ対戦車用兵器など防衛的兵器を提供しないのか。攻撃の被害者に武器を持たせることが、攻撃者を怒らせることを恐れたからだ。

このような現実的な融和策は、言葉の上での融和策と併用すれば一層効果的だ。オバマ氏があえて、過激組織を名指ししようとしないのはその一例だ。

ホワイトハウスと国務省は一日中、パリのユダヤ食料品店が襲撃されたのは、ユダヤ人の店であることとは関係ないと主張していた。大統領が言ったように「食料品店でただやみくもに発砲しただけ」ということのようだ。だが、政府はその日のうちにこのたわ言を撤回した。それもツイッターでだ。

この消極的な姿勢は、戦略的にも、言葉の上でも、思想的にも、ブッシュ政権当時の過剰ともいわれるほどの干渉主義への反発もあろうが、それだけではない。失敗することへの恐れ、国内の左派からの圧力もあろう。だが、最大の要因は、われわれ、つまり米国、キリスト教徒、西側には、干渉し、進出する、つまり指導する倫理的な正当性はないというオバマ氏の固い信念にある。

これこそがまさに(米国と世界にとって)戦略的忍耐というべきものだ>
(以上)

「史上最低の米国大統領」、当確だ。

■2月19日(木)。朝は室温11度、快晴、フル散歩。

柯隆氏の論考にあった、中共高官の「学校で西側の価値観を教えてはならない」という談話について、「そもそもマルクス主義は西側の価値観ではないか」という反論が拡散し、支持され、「改革・開明派」も頑張っている、という石平氏の論考が興味深かった(今朝の産経)。

石平氏のコラムの隣は「正論」コラムで、櫻田淳・東洋学園大学教授が「テロ殲滅は『近代』を護る闘いだ」と書いている。「日本にとって、この妄想集団(IS) が、もはや『殲滅』の対象でしかない」とある。

「殲滅」なんていう言葉は小生のような高2レベルの単細胞ネトウヨが使う言葉で、いやしくも大学教授が口の端にすべきではないとは思うが、熱戦前夜のプロパガンダ合戦の今となっては、言論は鋭角的、鋭利になってくる。理性だけではなく「角度をつけて」(朝日用語)感性に訴えるようになる。

不信・反感・反発・嫌悪・憎悪・警戒の時代なのだ。

不安を煽る、怒りを煽る、不信を植え付ける、そして戦意高揚・・・「ハワイ、比島に赫々の大戦果 米海軍に致命的大鉄槌 戦艦六隻を轟沈大破す」「英東洋艦隊主力全滅す 海の荒鷲又もや大殊勲 戦艦プリンスオブウエールズ爆沈 レパルス号をも轟沈す」、戦前、戦中、戦後も朝日は感情に訴えて部数を伸ばした。

「味方は誰か、味方を守れ」「敵は誰か、敵を殲滅せよ」、そういう時代になってきた。

のんびりした時代は終わったのだ。史上最悪の主敵、中共を「殲滅、壊滅、撃砕、撃攘、轟沈、掃討、覆滅」(朝日が多用した表現)しなければ日本の未来はない。中共は不倶戴天の敵である。「屠る」(朝日用語)、そして地球上から抹殺する。ISは首斬り、焼殺までした。

毛沢東曰く「人間の殺し方は120ほどあるが、半分以上は俺が発明した」。ロープで吊るして前後に引っ張る「ジェットコースター」という見せしめのあとに袋叩きにする殺し方も毛沢東の発明だろう。我々は殺伐とした時代を迎えている。

頭に血が昇ったら負け。冷静にしっかり警戒し、防備し、反撃の準備をする。世界の警察官は昼寝とゴルフで当てにはならない。習近平にとって警察官がレイムダックの今年と来年は尖閣強奪の好機だ。海上民兵200隻に紛れて特殊部隊が上陸、占拠するだろう。

矢板明夫・産経新聞中国総局特派員の見立て(「中央公論」2013年9月号)。

<これまでの中国の最高指導者が党内における自身の求心力を高めるために、外国との戦争を仕掛けたことはよく知られている。初代の毛沢東は建国直後に朝鮮戦争に参戦し、米軍と戦った。文化大革命後に最高権力を握ったトウ小平は、改革開放をはじめると同時にベトナム侵攻を行った。

三代目の江沢民氏は九三年ごろから実権を掌握しはじめたといわれているが、その三年後に台湾海峡で大規模なミサイル演習を行い、台湾の総統選挙を威嚇した。四代目は穏健派といわれた胡錦濤氏が登場し、戦争はしなかったが、北京五輪を開催し、これを国威発揚の場とした。

習氏も前例に倣い、尖閣問題で軍事行動をとることを考えている危険性がある。尖閣を占領すれば、習氏は一気に中国の「民族英雄」として歴史に名を残すことになるからだ>

習を排除しないとそういうことになる。習はもはや「殲滅」の対象でしかない。(2015/2/19)


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