平井 修一
長谷川幸洋氏とは何者か。
<はせがわ ゆきひろ、1953年1月18日生は、日本のジャーナリスト。
千葉県生まれ。千葉県立千葉高等学校出身。1976年、慶應義塾大学経済学部卒業。1977年、中日新聞社に入社、1987年、東京本社(東京新聞)経済部。東京本社外報部、ブリュッセル支局長、1999年、論説委員などを経て、現在東京新聞・中日新聞論説副主幹。
『日本国の正体―政治家・官僚・メディア 本当の権力者は誰か』(2009年、講談社刊)で第18回山本七平賞を受賞。
東京新聞・中日新聞社説のほか『現代ビジネス』『FACTA』『週刊ポスト』で署名コラムを連載。現在は、テレビ・ラジオ番組にしばしば出演している。
左派色の強い中日新聞においては社論に反し改憲容認の立場を取るなど、保守、中道勢力に対しても理解を示す等、教条主義的な左派色を打ち出す同僚の論説委員である佐藤圭とは対照的な立場にある>(ウィキ)
氏の論考「日本に報道の自由はあるのか? おそらく、ない。しかし特定秘密保護法のせいでも安倍政権のせいでも、ない」(現代ビジネス3/6)は面白かった。
<日本に報道、言論の自由はあるか。私は国境なき記者団とはまったく別の理由で、きわめて怪しいと思っている。それは特定秘密保護法などとは全然、関係ない。肝腎の記者たちが独立したジャーナリストというより、単なる「大企業のサラリーマン」であるからだ。
本当の問題は記者の横並びと出世志向である。
記者が少し経験を積んで、特派員やデスクを目指すころになると、社内の評判を悪くしないように立ち回る。デスクや部長に「あいつはダメだ」と烙印を押されれば、次のポストなどどこかに消えてしまうからだ。
デスクになれば次は部長、部長になると次は局次長、局長、局長になっても次は役員とみんな上を向いて歩く。記者たちがヒラメ集団になっているのだ。
取材現場はどうかといえば、新人の支局時代から警察や役所の発表をいち早く抜くのが特ダネと染みこまされているから、東京に来て永田町や霞が関を回るようになっても、取材相手に食い込もうと、ごますりのポチになる。
そのくせ記者クラブではどうかといえば、同業他社と仲良くしていないと仲間外れにされるから、横並びの取材に甘んじる。政治記者たちが政治家との懇談で互いに「メモ合わせ」するのは公然の秘密である。共有したメモにない話は書かないのが暗黙のルールなのだ。
*サラリーマン記者に「報道の自由」が議論できるか
報道の現場だけではなく、意見を表明する論説でも似たようなものだ。編集の記者や論説委員たちが本当に自分の意見を自由に表明しているかとい えば、こちらも首をひねらざるをえない。これには証拠がある。
たとえば、左に傾いた朝日新聞や東京新聞に右に傾いた記者の記事載っているか。逆に右に傾いた(世界標準で言えば中立に近いが)産経新聞や読売新聞に左に傾いた記者の記事があるか。ない。
例外は憲法改正にも集団的自衛権行使にも賛成でありながら、東京新聞にときどき小さなコラムを書いている私くらいと思うが、それでも細々と息をつないでいる程度である。
つまり右であれ左であれ、ほとんどの記者は自由な考えに基づいて記事を書いているのではなく、自分が給料をもらっている新聞の論調に合わせているのである。所詮、サラリーマンなのだ。
そんなサラリーマンが「言論の自由」だの「報道の自由」だの、大上段にふりかぶって議論できるか。私に言わせれば、チャンチャラおかしい。
報道、言論の自由を言うなら、まず1人ひとりの記者自身が組織から自由にならなければならない。組織も記者を解き放って自由にしなければならない。そんな記者も組織も残念ながら、日本のジャーナリズムにはほとんどない。それが現状である>(以上)
大手マスコミの記者は、まあステータスが高いのだろうが、所詮は出世競争の中で社論、社風に合わせた言論をつくるサラリーマンなのだ。よほどの反骨精神と腹の坐った上司、同僚をもっていないと「言論・報道の不自由」から免れないということだろう。
もっとも記者の多くは社論、社風にたっぷり馴らされているから「言論・報道の不自由=暗黙の自主規制」なんてこれっぽっちも気にしていないだろう。気にしているのは自分の出世、ライバルの左遷くらいではないか。これでは次代を切り拓くような骨のあるイノベーション的論考や報道は難しい。自浄作用も働かない。
ネット言論がマスコミの一角に食い込むようになると化学反応で面白い展開になるだろうが、小生の寿命の方が早く尽きそうだ。(2015/3/7)