2015年03月11日

◆眞の近現代史を知り、祖國に誇りを

元谷 外志雄



毎年終戰記念日には靖國神社へ參拜してゐるが、昨年の終戰記念日はこれまでにない數の參拜者で溢れ、特に若者や女性の姿が目立った。

百田尚樹氏の著書『永遠の〇』が大ブームとなり、さらにこれが映畫化されたことによって、これまで戰爭や特攻に對して無知、無關心であった人々が、先の大戰の意義や、特攻隊の方々の祖國や家族への強い思ひを知り、英靈に對して尊崇の念を感じて靖國に參拜するやうになったと思はれる。

戰後の自虐史觀から覺醒し、自ら歴史の眞實に目を向けようとする若者が噌えてきたことは、大變喜ばしいことである。

今年で戰後70年を迎へるが、アメリカによる巧みな占領政策と、それを受け繼いだ戰後敗戰利得者である反日日本人によって、戰後一貫して歴史の眞實は歪められ、自虐史觀に基づく教育と反日報道が行なはれ、戰後の日本人の中に、自虐史觀が植附けられた。

私はこの自虐史觀の呪縛を解き、「誇れる國、日本」の再興を目指すため、平成20年(2008年)に「眞の近現代史觀」懸賞論文制度を創設し、第一囘の最優秀賞に當時現役の航空幕僚長であった田母神俊雄氏が受賞したことが大きな話頴となった。

田母神氏の「日本は良い國だった」と主張した論文は、「現役自衞隊幹部が政府見解に反する論文を發表した」としてメディアのバッシングを受け、末期的状態にあった麻生自民黨政權によって田母神氏は更迭されて自動的に退職に追込まれた。

當時と今口とを比べると、この6年間で歴史認識や祖國に對する誇りといふ點で、世論に大きな變化が起こったと感じてゐる。

竹島・尖閣問題で多くの國民が憤り、第二次安倍内閣が誕生し、「永遠の〇」ブームが起こったのも、田母神氏の登場をきっかけとして、日本の保守化か進んだからではないかと見てゐる。

嘉永6年(1853年)6月のペリー來航からの日本の近現代史を振り返ると、當時既に世界の多くの地域が西歐列強の植民地にされ、その波がヨーロッパから最も遠い「極東」にまで及んできたことに對する危機感の中で、日本が獨立國家として存續していくための戰ひの連續だったと言へる。

當時日本の知識階級達は長崎の出島のオランダ人を通じて、アフリカ、中南米、アジアなど有色人種國の植民地化、アヘン戰爭後の中國の悲慘な結果などを聞き、最後の有色人種の獨立國日本が植民地化されれば、有色人種の世界はこの先數百年にも亙って植民地支配を受け續けてもをかしくないといふ危機感を持ってゐたのである。

朝鮮半島の獨立を巡る日清、日露戰爭を經て、日本は列強國の仲問入りを果たしたが、日本が白人國家ロシアを破ったことは、植民地支配を受けてゐた有色人種に大きな希望を與えた。さらに大正8年(1919年)には、日本は國際聯盟において、人種的差別撤廢を聯盟規約に挿入することを提案した。

同年4月11日、採決が行はれ、多數の贊成を得られたが、議長であったアメリカのウィルソン大統領が全會一致を主張したため採擇されなかった。このやうに日本は白人支配の世界の中で、いち早く人種平等を世界に向けて主張してゐたのである。

しかしかうした誇れる歴史を戰後教育の中で教へられることはほとんどない。

さらに先の大戰において、日本はアメリカとの戰爭を望まずギリギリまで對米交渉に向けて努力を續けたが、戰爭をしないと公約して3選を果たしたルーズベルト大統領がヨーロッパ戰線に裏口から參戰するために、海軍や外交の暗號を解讀し日本の手の内を全て知った上で、日本に最初の一撃を打たせるやう、謀略によって日本を追込んでいった。

軍令部總長の永野修身が「戰はざれば亡國必至、戰ふもまた亡國を免れぬとすれば、戰はずして亡國にゆだねるは身も心も民族水遠の亡國であるが、戰って護國の精神に徹するならば、たとひ戰ひ勝たずとも祖國護持の精神が殘り、われらの子孫はかならず再起三起するであらう」と御前會議で發言したやうに、日本は祖國の誇りを守り、植民地支配を受けてゐたアジア諸國を解放するためにやむなく戰ったのである。

日本は戰爭に負けたが戰爭の目的は達せられたと言はれるのは、日本が宗主國である白人國家と戰ったことで、戰後白人による植民地支配が終焉し、數多くの有色人種國家が誕生したからである。

一方、大戰末期にはソ聯による世界赤化の脅威が高まり、アメリカは議會機密費で密かに開發を進めてきた原爆を日本に對して使ふことで、大戰後の覇權を握らうとした。

ソ聯や國民黨政府の蒋介石、バチカンなど數々のチャンネルを使って終戰の意思を傳へてゐた日本、天皇制の存續が唯一の條件である日本に對して、その囘答を曖昧にして時間稼ぎを行ひ、

原爆實驗が成功したところでポツダム宣言を出し、事前に一切通常爆彈での空襲を行ってゐなかった廣島と長崎に、ウラン原爆とプルトニウム原爆の二つの異なったタイプの原爆を投下し、その效果を確認した。

また原爆だけが非道な兵器ではないことを示すために、昭和20年(1945年)3月10日の東京大空襲で、一晩で十萬人もの民間人を虐殺した。

無抵抗な民間人を原爆で虐殺した以上、アメリカが正義の國であるためには、日本が惡の國でなければならない。

そのためにアメリカは、國府軍が主張する虚僞の南京30萬人大虐殺説を東京裁判に持ち出して松井石根大將をB級戰犯として處刑し、日本軍が朝鮮女性を20萬人強制連行して性奴隸にしたなどと主張する韓國を支持してゐる。

さらに、檢閲による日本人の洗腦も行はれた。終戰から一ヵ月後の昭和20年(1945年)9月18日、鳩山一郎の「原爆使用は國際法違反」といふ談話を掲載した朝日新聞に對して、

GHQは2日間の發行停止處分を下し、その翌日に30項目からなるプレスコードを出した。破格の高給で雇はれた4千人もの日本人檢閲官がこれに從ひ、新聞、ラヂオから出版物、個人の手紙2億通もチェックし、徹底的に思想を統制した。


戰時中の日本の檢閲とは異なり、檢閲に引っかかったものは墨塗りなどでは許さず再印刷となり經費がかかる爲、出版社や新聞社は自主規制をする傾向が強くなっていった。

言論統制が行はれたことは祕密とされたが、冷戰が終結してソ聯が崩壞し、機密情報が流出したり、アメリカが情報を開示したりすることによって、だんだん眞實が明らかになってきてゐる。

にもかかはらず、日本のメディアは未だに檢閲官の名簿を報ずることもなくプレスコードを自主規制として守ってをり、東京裁判史觀に沿ふ報道しか行はない。

私は昨年12月に、ブラジル日本會議の徳力啓三理事長の招きにより、ブラジル・サンパウロを訪れ、講演を行ってきたが、ブラジルの日系人の方々と話すと、そこには古き日本精神が色濃く殘ってゐることを強く感じた。

ブラジルでは日本のやうな反日教育や反日報道が行はれてゐないため、戰後70年經ってもなほ日本精神が失はれてゐない。

かつて日本は天皇を頂點とする大家族國家であり、戰前の日本では家督相續制の下、長男が家のすべてを相續するかはりに兩親をはじめ一族の面倒を見ることが當然のこととされてゐた。

現在、核家族化と高齡化を背景に老人の孤獨死が問題となってゐるが、私は現代社會の中でも孤獨死は最も不幸なことの一つであると感じてゐる。

戰後の平等相續制度と個人主義教育によって家族は分斷され、親の面倒を社會保障制度に委ね、子は自らの責任を放棄する傾向にある。

本來「私」がやるべきことを「公」に任せようとしてきたことが、社會保障制度を肥大化させ、財政問題を引き起こしてゐる。

日本の良き傳統が戰後失はれたのも、戰時中に見せた日本精神に對してアメリカが恐怖心を持ち、占領政策の中で、再び日本が立ち上がれないやう精神的に解體してきたためである。

平成24年(2012年)12月に第2次安倍政權が誕生して以來、近鄰諸國に對して一定の配慮はしつつも、國際社會に對して日本の立場を堂々と主張してきた。

いはゆる「南京大虐殺」や「從軍慰安婦強制連行」などの歴史の捏造に對して、政府として反論するやうになったことは大きな進歩である。

昨年11月に衆議院解散に打って出た安倍自民黨政權は大勝し、安倍總理は黨内基盤を固め、長期政權への準備は整った。

安倍總理は1月5日に年頭記者會見で、戰後70年談話に言及したが、早速アメリカから「村山談話」を繼承するやう注文が附いた。

上下兩院で共和黨が多數派となりレームダック化したオバマが大統領である問に「戰後レジーム」からの脱却への足掛かりを作るためにも、「村山談話」「河野談話」に囚はれず、眞實の主張をしていくべきだ。

弱い大統領であるオバマの間に主張すべきことを主張し、次期大統領との交渉につなげていけばよいのである。

戰後日本の經濟的繁榮は、これまで祖國のために命を落とした多くの英靈の犧牲の上に成り立ってゐる。

自虐史觀に棊づき日本の歴史を貶めることは、我々の祖先を貶めることでもある。戰後70年を機に、我々日本人が、靖國神社に祀られる英靈への尊崇の念を抱き、改めて歴史の眞實に目を向け、祖國に對して誇りを持てるやうになるためにも、私はこれからも事業以上に言論活動に力を入れていきたい。

(『靖國』第716號(平成27年3月1日)所載のものを許諾を得て投稿。漢字制限假名字母制限を無視して入力することの許諾も得た。

執筆者の肩書はアパグループ代表。kmns)

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