2015年03月22日

◆地元大川河畔公園の花見の宴

毛馬 一三


大阪の桜の咲き始めは、3月25日頃になるとNHKの天気予報士が告げていた。満開と好天気が重なり合って、最高の花見日和になることを、今から望んでやま無い。

大体、開花が始まっても、折悪しく降雨に合うと、すぐに散ってしまう。しかし大阪の桜の名所・大阪港天保山や、筆者地元の「旧淀川の大川河畔」で満開ともなれば、晴天・無風・花冷えもない好天気になると、満開の桜の下で、所狭しと花見宴が開かれる。

昨年、仲間からのお声掛かりで、旧淀川の大川河畔側の公園で花見の宴を行った。十畳位のビニールシートの上にダンボール箱を設え、花びらの重みで垂れた満開の桜の下で、お弁当にビール缶を並べて、ご婦人も加わった11人の宴が始まった。

火気を使ったバーべキュー宴はご法度で、われわれの酒宴も、焼肉の楽しみは、出来なくなった。

しかし焼肉だけは満開桜の下で出来ると宴は盛り上がる。最近のおつまみは多種多彩、下戸の筆者も、酒量を楽しむ友人たちも、これらを口にほおばりながら思わず酒量は進む。

今や、デパートから買い求めてきたお弁当、おかず、味の予想を超えた出来映えの逸品を楽しむ。食事も最高だ。バーべキュー宴に拘らなくなった。

昼前から始まる花見の宴は、なんと夕方5時ごろまで続く。話題は尽きない。ことしは「大阪都構想の住民投票の賛否」が、、文字通り甲論乙駁で続くだろう。

そんな折、お酒紙コップ内のやジュースのコップのふちに、2〜3片の桜の花びらが舞い落ちて浮かんだのを眺められたことは、貴重な経験だ。これが花見の醍醐味というのだろう。

昨年の花見の時、仲間の一人が言った。「こんな花見は、恐らくもう二度と経験出来ませんよ。満開と絶好の花日和、そして心を通わせられる仲間同士の宴。ほとにラッキーですね」。

太閤の「醍醐の花見」の絵巻が脳裏を横切った。

太閤秀吉が秀頼、北政所、淀殿、それに大名など約千三百名を従えて催した「醍醐の花見」のことだ。太閤絶頂期の一大行事だが、「桜」を使って「権力の威力と和」を誇示したことには違いは無い。

「桜」とはそんな舞台設定にしばしば登場する。
 
花見の宴とは全く無縁な筆者だったが、自然とは人の心をなごませ、和を図る不思議な力を、時間と空間を超えてもなお生きているものだとつくづく考えさせられると。今年もやってみたい。

地元大川河畔には、江戸時代の大阪俳人与謝蕪村が、京都から「船」でやって来て、「梅」や「桜」を見ながら、吟行して回ったに違いない。

本当に大川河畔の「桜」には感謝しよう。
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