2015年03月31日

◆「安倍談話」に重き置き過ぎるな

櫻田 淳



「安倍談話」発出に向けた有識者会議の議論が始まった。有識者会議に集まった人々の顔触れをみる限りは、そこでの議論の成果が適正に反映されるならば、「安倍談話」が常識的にして穏当な中身のものになるという予測は、十分に立つ。

片言隻句の議論は無意味

ところで、戦後日本の歩みの「原点」にある大義を振り返る上で忘れてならないのは、終戦翌年元旦に昭和天皇によって渙発され、今では「人間宣言」と通称される「新日本建設ニ関スル詔書」の意義であろう。

この詔書では、明治初年に渙発された「五箇条御誓文」の意義が確認された上で、「須(すべか)ラク此ノ御趣旨ニ則(のっと)リ、舊來(きゅうらい)ノ陋習(ろうしゅう)ヲ去リ、民意ヲ暢達(ちょうたつ)シ、官民擧ゲテ平和主義ニ徹シ、教養豐カニ文化ヲ築キ、以テ民生ノ向上ヲ圖(はか)リ、新日本ヲ建設スベシ」と記されている。

 また、この詔書には、「我國民ガ現在ノ試煉(しれん)ニ直面シ、且(かつ)徹頭徹尾文明ヲ平和ニ求ムルノ決意固ク、克(よ)ク其ノ結束ヲ全(まっと)ウセバ、獨リ我國ノミナラズ全人類ノ爲ニ、輝カシキ前途ノ展開セラルルコトヲ疑ハズ。…今ヤ實ニ此ノ心ヲ擴充(かくじゅう)シ、人類愛ノ完成ニ向ヒ、獻身的努力ヲ效(いた)スベキノ秋(とき)ナリ」という文言もある。

要するに、「戦後」という一つの時代の始まりに際して掲げられたのは、「旧来の陋習の除去」「民意の暢達」「平和主義の貫徹」「豊かな教養と文化の構築」そして「民生の向上」という「方針」であり、それを通じて「人類愛の完成」に向かって貢献するという「理念」であった。

故に、「安倍談話」の発出の機だけではなく、「戦後70年」を含む折々に検証されるべきは、結局のところは、こうした「方針」や「理念」がどの程度まで貫徹され、実現されているかということでしかないのであろう。

そうであるとすれば、「安倍談話」に関して、「村山談話」の片言隻句にとらわれた議論は、率直に無意味なものとみるべきであろう。しかも、こうした戦後日本の「方針」や「理念」のありようを特に海外に説く機会は「安倍談話」だけではない。

歴史的機会となる米国議会演説

たとえば、安倍晋三首相は4月を含む向こう2、3カ月に限っても、インドネシアで開催される「アジア・アフリカ会議(バンドン会議)60周年記念首脳会議」に出席する他に、ワシントンに飛んで米国連邦議会で演説を行うと報じられている。19世紀以降、日本も関与した植民地主義に絡む「総括」と「和解」を演出する意味でいえば、「アジア・アフリカ会議記念会議」で行う演説の意義は特筆すべきであろう。

中韓両国だけではなくアジア・アフリカ全域に広がる多くの旧植民地諸国を前にして、西洋植民地主義列強の一つに連なった日本は、「侵略と植民地支配」の事実を踏まえた上で、どれだけの「和解」と「友誼(ゆうぎ)」を深めてきたのか。今、その実績こそが、何よりも語るに値しよう。

また、米国連邦議会での演説は、上下両院合同会議という場でのものであるので、それは日本の宰相として最初の事例になる。それは「戦後70年」ではなく「日米関係160年」を射程に入れた上で、日米両国の「友誼」を確認する歴史的な機会になるであろう。

 日米関係を語る際、「昨日の敵、今日の友」という言葉が使われるけれども、幕末以降、160年を刻んだ日米関係の実相は「一昨日の友、昨日の敵、今日の友」と表現するにふさわしい。

折々の言葉の積み重ねが重要

半世紀近く前、永井陽之助(政治学者)は、対米戦争に関して、「(日米両国が)心から手を握るために、支払わなければならなかった巨大な代償」と評したのであるけれども、「一昨日の友にして昨日の敵」であればこそ築き上げることができた「友誼」というものはある。

安倍首相には、ラグビーでいうところの「ノーサイドの笛」が鳴った後の日米関係における70年の「友誼」をうたい上げてもらいたいものである。

「安倍談話」発出に向けた有識者会議の議論が始まった。有識者会議に集まった人々の顔触れをみる限りは、そこでの議論の成果が適正に反映されるならば、「安倍談話」が常識的にして穏当な中身のものになるという予測は、十分に立つ。

片言隻句の議論は無意味

ところで、戦後日本の歩みの「原点」にある大義を振り返る上で忘れてならないのは、終戦翌年元旦に昭和天皇によって渙発され、今では「人間宣言」と通称される「新日本建設ニ関スル詔書」の意義であろう。

この詔書では、明治初年に渙発された「五箇条御誓文」の意義が確認された上で、「須(すべか)ラク此ノ御趣旨ニ則(のっと)リ、舊來(きゅうらい)ノ陋習(ろうしゅう)ヲ去リ、民意ヲ暢達(ちょうたつ)シ、官民擧ゲテ平和主義ニ徹シ、教養豐カニ文化ヲ築キ、以テ民生ノ向上ヲ圖(はか)リ、新日本ヲ建設スベシ」と記されている。

また、この詔書には、「我國民ガ現在ノ試煉(しれん)ニ直面シ、且(かつ)徹頭徹尾文明ヲ平和ニ求ムルノ決意固ク、克(よ)ク其ノ結束ヲ全(まっと)ウセバ、獨リ我國ノミナラズ全人類ノ爲ニ、輝カシキ前途ノ展開セラルルコトヲ疑ハズ。…今ヤ實ニ此ノ心ヲ擴充(かくじゅう)シ、人類愛ノ完成ニ向ヒ、獻身的努力ヲ效(いた)スベキノ秋(とき)ナリ」という文言もある。(東洋学園大学教授)

産経ニュース【正論】2015.3.30
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