2015年04月18日

◆古舘伊知郎氏らは何ビビッているのか

皆川 豪志


テレビ朝日「報道ステーション」の古舘伊知郎氏と元通産官僚の古賀茂明氏の番組内バトルが、「権力と報道」という大上段に構えたテーマになって尾を引いています。

確かに大事なことなのでしょうが、この人たちってすぐに「圧力」とか「委縮」とか、言いますよね。情けなくないですか?

古賀氏は、テレ朝や古舘プロジェクトの意向で番組を辞めることになったとした上で、「菅(義偉)官房長官をはじめ、官邸の皆さんには物凄いバッシングを受けた」などと恨み節を述べました。

仮に本当だったとしても、以前から「アイ・アム・ノット・アベ」などと公共の電波で安倍晋三首相を個人攻撃してきた人なのですから、「バッシング」くらい覚悟の上なのかと思っていました。

一方のテレ朝や古舘氏側も、古賀氏がそういう人物だと知っていながら便利に使っていたくせに、すぐに手の平を返すのも情けないと思います。双方とも、まるで悪乗りしてイタズラを続けていた馬鹿ガキが、ついに先生に見つかって叱られたら、今度は、びっくりして「先生が怒ったー」と泣きわめいているかのようです。

報道とか言論って、もう少し覚悟が必要なものではないでしょうか。さんざん好き勝手に自分たちの主張を公の場で繰り返しておきながら、権力側が少しばかり顔をゆがめたぐらいですぐに委縮する。「事実をありのままに報道している」という自負があれば、堂々としていればいいのではないでしょうか。

同じようなケースは、昨年の衆院選の時にもありました。TBS「ニュース23」で安倍首相が街頭インタビューの内容をちょっと批判しただけで「言論弾圧だ」などと騒ぎ、その後、自民党が在京キー局に「公平中立な報道」を求めただけで、「圧力だ」「現場が委縮する」などという情けない声が上がりました。では、今まで「公平中立」ではなかったのでしょか?

百歩譲って、テレビ局は免許事業だからというのかもしれませんが、そうではない朝日新聞も同様です。昨年の秘密保護法のときは「自由にものが言えなくなる」「戦前に逆戻り」などと法案反対の大キャンペーンを張りました。何をビビっているのでしょう。

仮に朝日が秘密保護法に抵触するほどの特ダネをつかみ、それが日本国民の公益にかなうと信じて報道して罪に問われたなら、その時は徹底的に争えばいいだけの話です。理にかなった報道なら世論も味方に付くと思います。

政府や与党に批判されるとすぐに「委縮」したり、「委縮しかねない」などとビビりまくる一方で、民間人から堂々と言論で批判されると、今度は名誉棄損で訴訟を連発するという彼らのお仲間も北海道にいます。一体彼らは、どこまで安全地帯から「悪乗り」を続けるつもりなのでしょうか。

「俺はこのネタに命を賭けてるんだ!」という潔さというか、格好よさはないのでしょうか。

手前味噌で恐縮ですが、産経新聞の加藤達也元ソウル支局長は、あんな国に軟禁状態にされながら、委縮など全くしていませんよ。
                      (産経新聞出版社長)
(採録:久保田 康文)
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