2015年04月27日

◆失脚率40% 中国で最も危険な職業

矢板 明夫


党政治局常務委員は「毎日がロシアンルーレット」

酒の席で、中国人学者から「中国で最も危険な職業は何だと思う?」と聞かれた。すぐに思い付いたのが「炭鉱労働者」だ。当局の発表では毎年1000以上が死亡しているが、事故の隠ぺいと過少報告が多いため、実際はその数倍といわれる。死傷者で数えるなら1万人を軽く超えるだろうと考えた。

学者は首を横に振った。「中国には炭鉱労働者が100万人以上もいる。事故に遭う確率は、多く見積もって数%だ」と言った。正解は「共産党政治局常務委員」だった。

1921年に創建された中国共産党は今年まで、最高指導部メンバーである政治局常務委員に上り詰めたのは70人。そのうち、4月3日に汚職などの罪で起訴された周永康・前中央政法委書記をいれて、計27人が党内の権力闘争に敗れ、投獄されたり、迫害されたりして悲惨な人生の結末を迎えている。失脚率を計算すると約40%だ。「共産党の最高幹部たちは、毎日ロシアンルーレットで対決しているようなものだから、半分弱は生き残れない」と学者が言った。

中国共産党の歴史をひもとくと、まさにその通りだ。革命期は国民党軍などと戦いながらも、激しく内ゲバを繰り広げられていた。党が結成したとき、全国で57人の参加者がいたが、初代トップの陳独秀を含めてその後ほとんど追放され、死ぬまで共産党内での名誉を保ちつづけたのは毛沢東と董必武の2人のみだ。

新中国建国後も権力闘争の激しさは変わらなかった。毛沢東のライバルで、党内序列2位の劉少奇が失脚したのは国家主席を務めていた1967だった。職務が停止され、執務室の電話線が切られて外との連絡が絶たれた連日のように批判大会が開かれ、妻と共につるし上げられた。

周氏が起訴された罪は収賄、国家機密の漏洩、職権乱用の3項目だ。収賄金額の大きさから死刑が言い渡される可能性もある。周氏の家族、親戚、元部下ら一族郎党はすでに300人以上が拘束されており、今後、逮捕者はさらに増え続けるとみられる。

党内で長年にわたり治安を担当し、警察と情報部門に大きな影響力を持つ周氏を失脚させることで、自らの権力基盤を固めたいのが習主席の思惑とみられるが、「次は自分も粛清されるのでは」と不安に思う長老も多くおり、党内で緊張感が一気に高まったという。

「やられる前に政敵を倒すしかない」と党内の実力者たちが束になって今後、習主席一派に逆襲する可能性もある。ある共産党関係者は「周永康事件をきっかけに、血で血を洗う抗争が再び始まる予感がする」と話している。

日本の永田町で繰り広げられる権力闘争で、いくら負けても命が取られたり、自由が奪われたりすることはない。みんなの党をつくった渡辺喜美氏は主導権争いに敗れ、党が解散されたが、昨年末の総選挙に無所属で立候補し、落選したものの、選挙区を走り回り、元気いっぱいに政策主張を訴え続けた。

その姿を獄中の周永康氏がみたら、日本の民主主義を羨ましく思うに違いない。

ある日、毛派に指示された紅衛兵が家に乱入し、劉と家族に暴行を加えたとき、劉は「中国人民共和国憲法」を手にして「私はこの憲法に書いてある国家主席だ。あなたたちは今、国を侮辱している!」などと叫んだが、めった打ちから逃れることはできなかった。

劉はその後も、過酷なリンチを受け続け、約2年後、軟禁先の河南省で非業な死を遂げた。

毛沢東が1976年9月に死去した。そのわずか1カ月後、毛の文化大革命路線に反対するグループが毛夫人の江青女史、毛から後継者に指名された王洪文・党副主席らを反革命罪で逮捕した。江はのちに自殺し、王は獄死した。

1989年の天安門事件以降、共産党内の抗争はしばらく沈静化した。最高幹部の失脚は25年間も起きなかった。1990年代までに中国を君臨した最高実力者の●(=登におおざと)小平が、党内抗争の激化を避けるため、刑不上常委」(刑は政治局常務委員に及ばない)という言葉を残したためだ。

江沢民、胡錦濤の二人党総書記は●(=登におおざと)小平の教えを守ったが、習近平主席になってから、そのタブーが破られ、周永康氏が逮捕、起訴された。

産経ニュース【矢板明夫の目】2015.4.23

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