2015年04月29日

◆古稀からどう生きるのか

馬場 伯明



2014年末に古稀(70歳)になった。杜甫の「曲江」には「人生七十古来稀」とあるが、現代の古稀は人生の単なる通過点である。でも、法的には前期高齢者に仕訳けされてしまった。では、今後どう生きるのか。

2014年の秋は古稀記念の会のラッシュだった。9/19〜20は長崎県雲仙市南串中学校古稀記念同級生会に帰省した。雲仙国立公園・諏訪の池「休暇村『雲仙』」に55人が集合した。50年ぶりに会った友もいた。

10/23〜24は大学の教養部のクラスの会が京都の亀岡市で開催された。保津川下りの船で紅葉を愛でたらしい。「・・・らしい」と言うのは、私は親戚に不幸があり長崎へ帰省しドタキャンしたからだ。

11/19〜20は長崎県立口加高校の3年のクラス会だった。大所帯の3年のクラス56人も男女各6人が死に44人になってしまった。死者が少し多過ぎる。11/19全国から29人が島原半島の雲仙市小浜町の伊勢屋旅館に宿泊し積もる話に花が咲いた。私たちの絆は固い。

前回、冒頭の会長挨拶で私が「今日は病気自慢と子供(孫)自慢はやめよう」と言ったら「それじゃ、話すことがない」とブーイング。病気自慢(体験談)や健康食品・サプリメントに詳しい「素人博士」が続々と・・・。今回は「もう、何でも自慢してくれ!」と話した。

前日11/18私を含む男女有志11人は長崎市内で前夜祭をした。観光・飲食・2次会(銅座のスナック)。本番翌日の11/20にも三々五々で行動した。私は世界文化遺産候補の原城・日野江城跡を数人で巡った。

11/30には前の勤務先関連の有志が都内で一杯やった。各種の古稀記念の儀式がすべて終了し、これで本物の「爺(じ)さま」になってしまった。そう思ったとたんに、何かふっと気が抜けた。それでも、自分はまだ元気(なつもり)だから戸惑いと違和感がある。

ボケずに長生きした父(94歳)と母(93歳)から強い身体を受け継ぎ、物心がついて以来入院したことはない。薬は今も何も飲んでおらず、サプリメントや「健康」食品等も摂取していない。177cm、80kgで少し太めのBMI=25.5。それ以外は健康診断の数値はオールA。胃・腸・肺などの画像検診結果も正常である。飲酒は年365日やっている。

今後どう生きるのか。古稀の今、人生の重大な目標も切迫した課題もとくにはない。ただ、この機会に先輩や友人に、知恵や経験に基づく生き方について学ぶのも悪くない。当面取り組みたいことを記述する。

(1)まず、本誌主宰者。79歳にしてなお健筆を奮い、本誌編集の日々である。私は本を読み文章を書くのは好きな方ではある。まあ、書くと言っても適当な駄文に過ぎないが、こつこつと師の影を追いたい。

(2)ここで公言するのは恥ずかしいが、伴侶に感謝し、大切にしたい。「偕老同穴」という古い言葉を反芻している。また、長崎市在住の姉妹弟らと手を携え長崎の実家を守り一族の繁栄を期そう。

(3)友とは長く親しくありたい。2015/2高校のクラス仲間5人で埼玉県の長瀞渓谷に遊んだ。船の発着場の岸辺から四十数mの対岸の岩壁へ、子供の昔に返り石投げ競争をした。結果、何と4人が届いたのだ。(未達成のS君は再挑戦へ現在練習中)。

夜は創業100年の長生館で牡丹鍋・ヤマメなどの旨い懐石料理をいただき、ビール、吟醸酒、ワイン、焼酎などを大いに飲み、深夜まで語り合った。友は宝である。
  
(4)生まれ育った長崎県・島原半島・南串山町を大事にする。金澤秀三郎雲仙市長から「ふるさと大使」を委嘱されている。関東地方での長崎県関連の組織の活動にも引き続き積極的に参加し奉仕していきたい。

(5)ゴルフは続けたい。こだわるのはスコアではなくドライバーの飛距離である。高校の2年後輩の福田健蔵君は、163cm・58kgと大柄ではないが64歳のとき全国ドラコンシニア公式大会で314ヤード(!)を記録した。今70歳時点での驚愕の350ヤードをめざし鍛練中である。

福田君のDrを2本借りている。ロフト角7.5〜9度、シャフトは長さ48インチ・硬度XX(ダブルX)の化け物クラブだ。ラウンドで使い飛距離を伸ばした。2015/3/29長崎県の愛野CCでのコンペの14番H(553yパー5)。打ち下ろしで順風ながら290ヤードでドラコン賞を得た。

(6)来月から水泳教室だ。浮く技術は故郷の海で覚えた。今後は美しいフォームで泳ぎたい。水泳は柔軟な筋肉と適正なBMIの維持にもなる。

(7)できれば仕事は続けたい。幸い毎日東京で働いている。今の勤務先には心から感謝している。いい成果を上げなければならない。

(8)自分の終末期の始末については6年前に「リビングウイル」を書いた(2009/1/26・1429号)。その要点は、私が72時間を経てもなお朦朧状態であり自発的な呼吸と意識の回復がないときは、人工呼吸器を外し点滴や栄養補給も止めてくださいという意思(宣言)の伝達(お願い)である。不要な延命治療に未練はない。

高齢化により医療費が増加している。だから、平均寿命と健康寿命の差を縮める施策と努力が必要である。しかし、不必要と思われる胃婁(いろう)の造設や延命治療もある。石飛幸三医師による「平穏死」という贈る言葉は人間の尊厳と人間の一分を私たちに静かに教えてくれる。
     
(9)高齢化よりも少子化の方が重要である。同級生のK君には4人の子供と9人の孫がいる。K君の家族は少子化対策を自然体で実行した。夫婦2人の加入ですぐ試合ができる(笑)。一方、私の既婚の一人娘の子供(私の初孫)は成り行き任せ、どうなるのか・・・。

(10)最後に大きなテーマがある。(老年の)性(SEX)だ。ある友人は「無関心・枯れた」と言うが内心は「まだまだ」のようだ。バイちゃん(ED治療薬:Viagra)を懐に常携しているらしい。

作家の渡辺淳一(2014年80歳で逝去)は「愛ふたたび(2013)」で高齢者世代の恋愛観と人生観が滲み出た情況を丁寧に描いた。そして、自らの性と生命を悠然と全うした(と私は推測したい)。

大学の後輩R君(63歳)は昨年初、末期癌で余命数か月と宣告されたがまだ生きている。先月冷静沈着な長い電話を受けた。「可能な治療はする」と決めすでに1000万円を消費したという。自由診療の免疫療法、ビタミンC点滴、それに温泉療法などだ。遺言も書いたという。

R君の次の決断と実行には驚いた。「じつは今ソープに通っている」。ソープとは石鹸(soap)の泡を塗るのではなく買春(売春)のこと。「触法の判定は死後にどうぞ(笑)」「生きる気力が湧き病気が回復している(気がする)」と明るい。この達観と卓見!参考にしたい。
《R君の項は事実だが個人の特定を避けるために表現を工夫した》。

さて「古稀からどう生きるのか」と自問しても何の回答も得られない。

ペルシャの数学者・天文学者・詩人のウマル・ハイヤーム(1048〜1131)の四行詩「ルバーイヤート」には深い無常観が流れている。一部を引用する(「一日一言」桑原武夫編・岩波新書より)
  
若い時には わしもまじめに 
博士や聖者の所に よくいったものさ
あれやこれやの大げさな議論
だが、いつでも 入ったと同じ戸口から出てきた

かれらとともに、わしも知恵の種をまいた
自分の手を使って育てようともした
収穫といえば たったこれだけ
「わしは、水のように流れてきた。風のように吹きすぎて行く」

だれのどんな人生にも「明日は明日の風が吹く」ことがある。私たちは今日が辛くても、明日を信じ、今日をぽつぽつ生き抜いて・・・、流れ流れて消えて行く。

では、古稀を通過したその果ての・・私の臨終はどうなるのであろう。

ドイツの文豪ゲーテ(Goethe)は「もっと光を!」と言ったらしい。おそらく、私は、苦し紛れに「ううっ!・・もっと飛距離を!」と呻(うめ)くだろう(笑)
(2015/4/28 千葉市在住)

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