2015年04月29日

◆韓国の不都合な真実 

平井 修一


中央日報日本語版4/26「ベトナムから韓国に来た2人」はずいぶん生々しい記者の実体験が書かれている。

<長い時間が過ぎても忘れられないことがある。何十年が流れてもきのうのことのようで、消したくても消せない傷のようなものだ。ベトナム戦争も筆者にはそうした記憶のひとつだ。

1992年12月22日、韓国とベトナムが修交した。当時の李相玉外務部長官はハノイで修交声明に署名した。筆者は李長官に同行していた。

最大の関心は過去史だった。出入り記者は多くの討論をした。韓国としては初めて海外に軍隊を送って戦った国だ。修交する前にどうにか過去史を整理しなければなければならないと考えた。

しかし李相玉長官の発言は意外に簡単だった。「一時的に不幸だった時期があったことを遺憾に考え、未来指向的へと発展させる必要があります」

その前の88年ソウル五輪の時だ。ベトナム戦争後に政府要人が初めて選手団長として訪韓した。レ・ブ団長は韓国軍と戦った経験もあると話した。彼は記者会見で「そうした過去史を持つ韓国を訪問した気持ちはどうか」と尋ねられると、「昔の話は伏せておきましょう」と話した。

私たちはだれが間違っていたのかもわからない表現で「遺憾」を示し、ベトナムは「伏せておこう」としてやり過ごしたのだ。

このように「昔の話」に関心を持ったのは大学生時代のある記憶のためだ。維新末期の学生たちは軍事訓練を受けた。大学1年生の時には訓練所に入り1週間集中訓練を受けた。

筆者が訓練を受けたある日、文武台野外訓練場に大佐、中佐らが数人訪ねてきた。大学生に精神教育をするということだ。私たちの小隊前に立ったある大佐は自身のベトナム参戦経験を聞かせた。内容はこうだ。

ベトナムにいた彼の部隊が作戦に投入された。移動に先立ち偵察兵を送った。ところがベトコンの襲撃を受け全員死んだ。山のふもとの村に隠れているベトコンの仕業だと確信した。

村を訪ね村長にベトコンを出せと要求した。知らないと言った。きょう中に差し出さなければ全員殺してしまうと脅迫した。それでも言うことを聞かなかった。砲兵部隊に支援を要請した。村の座標を知らせた。敵軍が防御線を張っており前進できないので砲射撃で支援してほしいと言った。村は火の海になった。ひとりも生き残ることができなかった。

大学1年生としては耐えがたかった。40年近く過去の彼の声はまだ生々しい。彼の推測通りその村にベトコンがいたかもしれない。だが、高齢者と婦女子に子どもたちもいたのではないのか。偵察兵が襲われた報復を関係ない民間人にしたわけだ。

最も驚いたのはそれを武勇談でも話すように若い大学生に話したという事実だ。誇らしい大韓民国陸軍の大佐の階級章を付けて。若い大学生が「勇敢な国軍」と尊敬することを期待したのだろうか。軍人は恐いのでふざけるなと脅しをかけたのか。その将校の精神は完全だったのかいまでも疑わしい。

その前にもベトナムの残忍な戦争話を聞いたことはある。しかし「ベトナム帰りの勇敢なキム兵長」のほら話程度として聞いた。エリート将校が大学生に自慢するとは本当に想像もできなかった。その衝撃はいまだに岩のように胸を押さえ付ける。

その後韓国軍のベトナム民間人虐殺に関する報道がたくさん出てきた。個人的な証言や本も出された。しかし政府レベルの公式な調査や発表はない。米国と違いまだけりがついていないのだ。

98年に当時の金大中大統領がベトナムを訪問し、韓国の大統領としては初めて過去史に言及した。しかし表現は不明瞭だった。

「冷戦という世界史の流れの中で両国が不幸を体験した時期があったことを遺憾に思う」

だれがなにを誤ったという話なのかあいまいだ。これに対しベトナムのチャン・ドク・ルオン主席は「過去は後回しにしよう」と述べた。理解したりなかったことにしようとは話さなかった。謝罪は真心と誠意を込めてこそ意味がある。日本を相手にする私たちが最もよく知らないのか。

今月初めにベトナム戦韓国軍の民間人虐殺現場で生き残ったベトナム人2人が訪韓した。彼らは「民間人虐殺の過ちを認め、多くの人たちに真実を知らせる努力をしてほしい」と求めた。しかし一部参戦軍人は名誉を傷つけると憤慨した。

派兵された多くの軍人はこうした戦争犯罪と関係がないと信じる。一部の逸脱だとして隠し埋没させておくべきか。軍での暴力事件や防衛産業不正のようにむしろ明らかにして正していくことが軍の名誉を守る道だ。過去に対して正直でなくてはベトナムの人たちとも心から友人になることはできない>(以上)

韓国人はこの記事をどう読むのだろう。不都合な真実だから無視するのだろうか。本当のところはどうだったのだろうと調べないのだろうか。都合の良いように、こうあってほしいと思うように捏造するのだろうか・・・

狂気的なほど異常に歪んだ心を正さないと、韓国は永遠に国際社会で敬意を表されることはないだろう。自業自得だが、まったく気の毒な民族である。(2015/4/27)

         
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