湯浅 博
「1人当たりの国防費」って?
軍事力は総合火力がモノをいう。そのためには経済力で基礎体力をつけなければ、軍事力という腕力は強化できない。「富国強軍」がスローガンの中国は、まさに国内総生産(GDP)で世界第2位の基礎体力をつけ、それに応じた腕力はもはや筋骨隆々である。
今年の国防費もまた、前年実績に比べて10・1%増の8868億9800万元(約16兆9000億円)で5年連続で2桁増を記録した。やがては米国をも追い抜く勢いだ。これで傲慢にならずに、大国としての品位が追いつけばよい。
中国外務省の華春瑩報道官は過日の記者会見で、「経済発展の水準に見合った国防現代化に、非難の余地はなし」などと居丈高になる。昨年あたりまでは、あまりに力をひけらかして自ら中国脅威論を広げ、アジア近隣諸国を対中抑止で結束させてしまった。
そこで中国は、アジア諸国向けに道路、港湾建設の資金を融資するアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加を誘う。「力による支配」から「カネによる支配」へのイメージ転換だ。さらに、日米による「突出した軍拡路線」という批判を想定し、華報道官は小さく見せかける数字のマジックを披露した。
「日本の人口は中国の約10分の1、面積では約26分の1だが、1人当たりの国防費は日本は中国の約5倍である。こうした状況の下でも、日本側が中国側の正常な国防建設についてありもしないことを言いたてるのは、幾分か『酔翁の意は酒にあらず』(狙いはほかにある)ではないのか」(RP=東京)
安全保障に「1人当たりの国防費」という不思議な物差しを考案した。その上で報道官は、日本が「歴史を鑑(かがみ)」に平和の道を堅持し、「中国の脅威」を誇張することをやめよ、といつもの説教を続ける。
日本が尖閣諸島を国有化した際も、中国は領有権の日中棚上げ合意を破ったと詭弁(べきん)を弄した。中国が1992年領海法で先に合意なるものを自ら破っておきながら相手に責任を押しつけるのは、都合が悪くなったときの常套(じょうとう)手段である。
最近、来日する中国要人も、軍事費に話が及ぶとこの論旨を持ち出すから応答要領ができているのだろう。中国の巨大人口を分母にすれば、1人当たりの軍事費は自動的に減少する。だが、軍事は総合火力がモノをいら、大国と小国の争いを防ぐには、軍事力が人口と反比例しなければパワーは均衡しない。
日本は「力の均衡」によって戦争を起こさない抑止を考えるが、中国は地域で他を圧倒する「地域覇権」を考えているのだろう。この軍事力と経済力をもって、東シナ海では日本に、南シナ海でもベトナムやフィリピンに対して、自国の利益になるよう強制することになる。
慶応大学の細谷雄一教授は東アジアの「均衡の体系」が重要であることを強調し、「日本がパワーを低下させ、日米同盟が衰弱し、アメリカが東アジアへの関与を削減すれば、この地域に『力の真空』がうまれることになり、よりいっそう国際秩序は不安定になる」(『国際秩序』)と述べている。
日本が安保法制をつくったうえで同盟の双務性を高める目的から日米防衛協力のめの指針(ガイドライン)を見直す意義は、ここにある。
(産経新聞東京特派員)産経ニュース【世界読解】2015.4.25
(採録:久保田 康文)