2015年05月05日

◆中国の蛮行、後手に回り続ける米国

櫻井よしこ



アメリカのシンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)のホームページに掲載されている何十枚もの航空写真ほど、中国の本音が透けて見えるものはない。

南シナ海で猛烈な埋め立て工事を進めている中国の蛮行振りは、言葉では中々伝わりづらい。しかし、鮮やかな一群の写真を通して東南アジア諸国だけでなく、日本もインドもオーストラリアも、さらにはアメリカも深い痛手を負うことになりかねない危機的な状況が、実感として伝わってくる。
 
ひと月ほど前の3月19日、ジョン・マケイン上院軍事委員長、ボブ・コーカー上院外交委員長などアメリカの有力上院議員4氏が連名で国務、国防両長官宛に出した書簡には切迫感が溢れていた。南シナ海のスプラトリー(南沙)諸島で、中国が「侵略的」(aggressive)行動を続けており、アメリカと同盟国は「深刻な危機に直面している」という内容である。
 
南シナ海で、中国は周辺諸国の抗議を無視して島々の埋め立てペースを加速中だ。過去1年間で、ガベン礁に11万4000平方・の新たな土地を創り、満潮時には水没していたジョンソン南礁を10万平方・の広い島にした。ファイアリー・クロス礁を昨年8月の11倍の広さに拡大した。
 
これら全て、2002年にアメリカと東南アジア諸国連合(ASEAN)が中国と交わした南シナ海の「関係諸国行動宣言」に違反する。南シナ海の現状維持と一方的侵略行為を慎むとの合意にも拘らず、中国は現状を一方的に変え、南シナ海に「質的転換」を生じさせている、というのがマケイン氏らの主張である。
 
このペースで行けば、同海域は中国漁船、中国海警局の公船、人民解放軍(PLA)海軍の軍艦などが常駐し、空軍戦闘機が飛び、それによPLA全体の兵站能力も向上する。力をつけた中国が南シナ海全体に防空識別圏を設定する可能性が高まるとしている。

米行政府の機能停止
 
これまでは開かれた海として、沿岸諸国も、日米をはじめとする如何なる国も、南シナ海を自由に航行していたのが、中国の領有権が島々における軍事基地建設などの形で具現化されれば、南シナ海は閉ざされた海になり、脅威の温床となる。

アメリカは中国の脅迫(coercion) に明確に対処する戦略を国策として打ち出さなければならないと、4人の上院議員らは主張したのだ。
 
アメリカ議会の危機感は強く、すでに昨年11月20日には、とどまるところを知らない中国の軍事力増強に関して民主、共和両党で構成する「米中経済安保調査委員会」が中国軍の増強で、「米国の対中抑止力、とりわけ日本に関する抑止力が低下しつつある」と警告済みだ。米国がもはや日本を護りきれない可能性を、米議会が超党派で信したことの意味は深刻だ。
 
危機感は米軍も強く共有するところだ。3月31日、米太平洋艦隊司令官、ハリー・ハリス氏がオーストラリアのキャンベラでこう述べた。

「中国は浚渫船とブルドーザーでこの数か月間に(南シナ海で)万里の長城を砂で築いた」
 
中国はかつて、異民族の侵入を防ぐために万里の長城を築いたが、21世紀のいま、最大のライバルと見做すアメリカが南シナ海、さらにその先の西太平洋にアクセス出来ないように、砂の万里の長城を築いたというのである。
 
現場を知る軍の責任者としての率直な感想は核心を突いており、「砂の万里の長城」発言は世界を駆け巡った。CSISがホームページ上に掲載した一群の写真と共に、中国が「サンゴ礁に土砂を入れコンクリートで固め、すでに4平方キロメートル以上の土地を創り出した」実態は広く世界で共有された。
 
ハリス司令官はこうも語っている。20世紀は陸の世紀だったが、21世紀は海洋の世紀である。海洋の世紀において最も重要なのがアジア太平洋であり、アメリカは太平洋国家として存在し続ける。オバマ政権の「アジアピボット」(アジアに軸足を置く政策)はまさにその精神を表しているのであり、アメリカ海軍力の6割を2020年までにアジア太平洋海域に配備する計画が、アメリカのコミットメントを示すものだ、と。
 
しかし、いま、アメリカではオバマ大統領とホワイトハウス、つまり行政府が、事実上、機能停止に陥っていると言ってよい。国防総省や太平洋艦隊司令官がどのような危機的情報を大統領に報告しようが、立法府の有力議員らが警告を発しようが、ホワイトハウスが思い切った対中新戦略を打ち出すことはないのではないか。
 
それでも日本の側から見れば、中国の脅威をアメリカがこれまでになく明確に認識し始めたことを実感できる。にも拘らず、オバマ政権は中国に対して軍事的対抗策を打ち出し得ないのと同じく、経済金融面でも後手の対策に終始している。

AIIBを疑うのは当然
 
アジアインフラ投資銀行(AIIB)で、アメリカは「特別な関係」にあった米英の盟友関係に中国が楔を打ち込むことを回避できなかった。14年秋に、日米欧はG7議長国のドイツのショイブレ財務相を中心にAIIB加盟を見送る方針で一致していたと見られるが、中国の逆転を許してしまった。
 
イギリスが加盟を表明した3月12日、米財務長官ルー氏はイギリスのオズボーン財務相に電話をかけ、30分にわたって「まくしたてた」そうだが、無論、イギリスの決定は覆らず他の欧州諸国も加盟した。つまり国際金融の分野でも、「質的変化」が起きてしまったのだ。
 
金融における質的変化が具体的にどんな結果を生むのかは予断を許さない。中国はいま、AIIBを世界に通用する金融機関として立ち上げるべく、外部から専門家を招いているが、その成果もこれから判断すべきである。
 
中国共産党一党支配政治の下で、国際社会を納得させられる公正かつ透明な融資や資金運用が可能になるのかと疑うのは当然だ。習近平主席が手掛ける目下、最大の仕事のひとつが腐敗撲滅である。自国のお金の管理ができない党もしくは国が、他国政府から出資金を預かって、公正な運用ができるのだろうか。
 
中国は、現在も続けている力任せの領土領海への「侵略」と異民族への弾圧、自由の規制を、AIIBの盟主としてどう説明できるのか。自由を阻害し、国際法を守らない国が、金融では公正に振る舞うと言うのだろうか。

中国がそうした疑問に答えないいま、日米両国がAIIBに入らなかったのは、正解であろう。日米両国の選択をこれからも正解たらしめるためにも、アジア開発銀行(ADB)や世界銀行の改善が急がれる。

『週刊新潮』 2015年4月30日号 日本ルネッサンス 第653号
                      (採録:久保田 康文)

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