2015年05月07日

◆井上繁君の紅綬褒章受章

馬場 伯明



「やった、祝受章!」と叫びたい。ふるさと長崎の畏友井上繁君(70)が平成27(2015)年春の紅綬褒章を受章することが決まった。

2013/12/24、深夜02:30頃、長崎県五島市男女群島南南西20海里の海域で操業中の、井上繁船長の漁船第一博洋丸(135トン)は、火災事故の漁船を発見、直ちに急行し乗組員4人全員を救助した。これが評価された。

繁君は雲仙市南串中学校を昭和35年に卒業した同級生である。同市南串山町中ノ場漁港を母港とし、家業を継ぎ近海・遠洋漁業の近代化と発展に貢献し、その指導者としての役割も果たし、生きてきた。

紅綬褒章受章者は2015/4/17に閣議決定。4/29に発令され、TVや新聞などで報じられた。5/15(金)11:00から国土交通省(霞ヶ関)で褒章・章記の伝達、午後には皇居宮殿で天皇陛下に拝謁を賜る。

2015年春の褒章受章者は、紅授(14)・緑授(40)・黄授(177)・紫授(17)・藍授(453)・褒状(26:内数)の合計で701人。その内、紅綬褒章受章は国土交通省海上保安庁関係の5団体(14人)だけである。漁船第一博洋丸の井上船長と乗組員の計5人はここに属する。

紅綬褒章は「自己の危難を顧みず人命の救助に尽力したる者」が対象とされる。受賞者は極めて少ない。2003〜2015年(13年間)春秋の褒章受章者累積総数18,334人の内、わずか148人、年間当たりで11.4人である。2003、2006年には受章者がなかった。

2015年春も受章者は14人。稀少で貴重な褒章なのだ。長崎県での褒章受章者は、今春は黄綬・藍綬褒章受章の13人と、人命救助団体としての第一博洋丸の井上船長と乗組員計5人の紅綬褒賞の1団体だけである。

じつは、第一博洋丸はこの人命救助により他の表彰も受けている。平成26年雲仙市表彰(人命救助功労2014/12/21)と、公益社団法人日本水難救済会・平成26年度名誉総裁章と表彰状の受領である(2014/6/2)。日本水難救済会の名誉総裁は高円宮憲仁親王妃久子殿下である。

同救済会の機関誌「マリンレスキュージャーナル2014/8月号(Vol106No.2)」に掲載されている遭難・救助の概要を、抜粋・転載する。

まず、受章・表彰。《 平成26年度名誉総裁表彰受章者 海難救助功労(個人)(特)長崎県水難救済会 橘湾東部救難所南串山支所 救助員井上繁氏 救助員井上勇喜氏〈協力者〉漁船第一博洋丸外国人技能実習生一同》

次に遭難・救助の概要。《 平成25年12月24日午前2時30分頃、長崎県五島市男女群島の南南西約20海里の海上において、漁船明勇丸が船尾の居住区から出火し、消火を行なうも火勢は衰えず、船首付近に乗組員4名が退避
した。

付近海域において操業中の漁船第一博洋丸(救助員2名及び協力者3名乗組み)は、明勇丸の集魚灯が消灯し、船橋付近にもやもやした光を視認するなど異変に気付き、直ちに明勇丸に向け急行したが、既に後部から前部甲板上に火が回っており、

また、風浪高く荒天のため、船長は同船への接舷は困難と判断し直ちに機関長に指示して救命浮標を投げ入れ、海に飛び込んだ明勇丸乗組員の救助を開始し、救助員及び協力者3人が互いに協力し午前2時55分、全員を救助したもので、極めて抜群の功労があった。》・・転載終わり。

井上船長は冷静沈着に機関長以下に指示。火災の明勇丸から厳寒の海へ飛び込む4人の乗組員に、適切に救命浮標を投げ入れ、全員を救助した。この間、約25分。海の男の心意気を示した。

この人命救助により井上船長らは「時の人」になった。しかし、彼らに偉そうな振る舞いや英雄気取りはまったく見られない。

「何〜〜んてこっちゃなか。遭難し〜よったから、助くっだけ」。あっけらかんとしたものである。「そこに山があるから登る」ように「そこに火災の漁船がいたから救助した」。崇高な行為は単純明快である。

その後、2015/3/17の帰省中、私は繁君の息子が経営する南串山町の「味処 紅屋」で彼と飲んだ。地元で採れた新鮮な魚の活き造りや、焼・煮・揚物などの創作料理が卓に並ぶ。お互いまだ現役、酒と話が進む。

ビールの後の焼酎は、いつも、麦の壱岐焼酎(玄海酒造・壱岐市)と芋の赤霧島(霧島酒造・都城市)である。ほんと、うまかねえ〜〜、紅屋の魚(いお)は・・・。電話:0957-88-2247。

繁君は、その後大型の第一博洋丸(135トン)から小型の漁船に乗り替えた。マグロを追う漁業をやめ、近海の魚を獲り、悠々と堅実な漁を続けている。それも、すべて、健康だからできることである。

さて、2015/5/15(金)の天皇陛下に拝謁の後の夕刻から、ささやかながら、繁君の紅綬褒章受章記念祝賀会を八重洲で行う。集まるのは南串中学校を卒業した関東在住の同級生たち10人余である。

2次会は四谷3丁目の「スナック千々石(ちぢわ)」である。店歴40年の永尾絹子ママは南串中学校の少し先輩である。電話:03-3359-4476。

あの頃、気風の良さで女子中学生に人気が高かった繁君である。5/15にはそこからぐ〜〜んと成長した熟年女性らも参加する(笑)。楽しい祝賀会になりそうだ。5/15の夜が待ち遠しい。(2015/5/6 千葉市在住)


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