2015年05月08日

◆世界史に刻まれる「昭和」の時代

平川 祐弘



大正デモクラシーに引き続く昭和は激動期であった。昭和をどう総括すべきか。近代史を論ずるには複眼が求められる。いま角度をひろげ世界史の中で昭和天皇とヴィクトリア女王を比べてみたい。

 ≪注目すべき二重のドラマ≫

昭和天皇の時代は1926年から足かけ64年続いた。これはヴィクトリア女王の時代が1837年から65年続いたのに匹敵する。女王の時代、英国は植民地をひろげ、世界最初の近代産業国家となり、大英帝国は最盛期を迎えた。それに対し、昭和の日本は惨敗を喫した。だが気がつくと英国を抜く産業大国となっていた。

ヴィクトリア女王は1819年に生まれた。英国がシンガポールを領有した年である。崩御の1901年、ロンドンに居合わせた夏目漱石は1月22日の日記に書いた。「 The Queen is sinking. ほとゝぎす届く 子規尚生きてあり」。陛下の重態が「女王は沈みつつあり」と新聞に報ぜられたとき、大英帝国の人には Queen’s Navy の旗艦沈没の連想が浮かんだことだろう。

その夜、女王は亡くなり、2月2日、白に赤でもって覆われた柩(ひつぎ)がハイドパークを通った。漱石は下宿屋の親爺(おやじ)に肩車してもらって葬列を見た。

ヴィクトリア女王が崩御した年は明治34年だが、その4月29日、昭和天皇は生まれた。昭和には二重のドラマがあった。軍国日本の壊滅と経済大国の蘇生(そせい)である。

注目すべきは、昭和天皇が降伏を余儀なくされながら、その後も君主の地位にとどまり、国民の敬愛を受け、廃虚の復興と繁栄を目のあたりにしたことだろう。

天皇が地位を保全したについて、歴史家はマッカーサー最高司令官が占領を円滑に行うために天皇の権威を利用したからと説明するが、ではなぜ昭和天皇は敗戦後も国民に圧倒的に支持されたのか。それは、天皇の聖断による終戦の決定が玉音放送によって伝えられたからである。

 ≪和平の回復と植民地解放≫

昭和11年、天皇は斎藤実前首相、岡田啓介首相、鈴木貫太郎侍従長らが襲われた二・二六事件の際、激怒し、反軍部ファシズムの態度を内外に示した。

日本は昭和20年、その鈴木首相らの努力によって和平を回復する。その際、日本の終戦意図を察知した米国務省の次官は、かつて二・二六の前夜に米国大使館へ斎藤や鈴木を招いた知日派のグルー大使であった。クーデターの際と終戦の際、日米双方には昭和天皇の意を解する人がそろっていた。それだからこそ平和は回復されたのである。

敗戦国が不死鳥のように蘇(よみがえ)り、経済大国となるに及んで、日本たたきは再開され、昭和天皇に対する戦争責任追及も蒸し返された。しかしヴィクトリア女王に対し、阿片戦争の戦争責任や香港植民地化の責任追及は行われない。立憲君主に法的責任はないからだ。

また日本の植民地支配を問題とするなら、英仏蘭米の植民地支配こそ問題とせねばならない。渡米して英国軍と戦ったフランス人ラファイエットが米国独立を助けた英雄と評価されるなら、シンガポールを落とし、南方から西洋勢力を駆逐し、昭和18年、大東亜会議を開き、アジア各国に独立を約束した日本に植民地解放の功績が全くなかったとはいえまい。

 ≪ヴィクトリア女王時代に匹敵≫

国家には栄枯盛衰がある。今日、世界第一の国はどこかと聞かれるなら、米国と答えるだろう。だが戦前、私は幼稚園で、日本は別格として、世界一は英国で「英米独仏伊露中」の順で習った。七つの海を制した英国だからこそ世界の共通語は英語なのであり、米国が超大国となるに及んで英語の地位はゆるぎないものとなった。

明治維新は日本人が第一外国語を漢文から英語に切り替えた文化史的大転換で、福沢諭吉がその旗振りである。私は「脱漢入英」の福沢の支持者だけに、習近平国家主席が唱える「中国の夢」が実現し、華夷秩序が復活、東アジアの人が中国語を強制される日がきたら、一大事だと思っている。

だが文明の興亡はめまぐるしい。米国と並ぶ超大国と目されたソ連は、昭和前期には社会主義建設の天国のごとく喧伝(けんでん)された。だが実態は逆で、スターリンの少数民族強制移住だけでも千数百万人の犠牲者を出した。中国はさすが大国で、毛沢東の大躍進や文化大革命の際にソ連をも抜いて二千数百万人の死者を出した。私は歴史を直視するからそんな国でなく日本人に生まれて、まあよかったと思っている。

 世界史で昭和天皇のような波乱を経て、天寿を全うされた君主は稀(まれ)である。君民相和すというが、日本人が戦中戦後、天皇を敬愛し誠実な天皇がそれに応えたからで、有難いことである。

平成に安んじる人には、そんな古風なお国柄はわからないかもしれない。戦争世代で不慮の死をとげた人には気の毒だが、敗戦と復興の一身二生の経験は悪くなかった。巨視的に眺めれば、昭和はヴィクトリア女王の時代に匹敵する時代だったのではあるまいか。
(ひらかわ すけひろ・東京大学名誉教授)産経新聞【正論】 2015.5.6
                      (採録:久保田 康文)

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