2015年05月10日

◆あのビルは経済盛衰のシンボル

加瀬 英明



経済盛衰のシンボルとはエンパイア・ステートビル。

私はニューヨークに留学したが、日本から客が来ると、エンパイア・ステートビルによく案内した。

1階がアールデコ様式で、昭和初期に日本でも流行していたから、訪れるたびに、私の両親の青春時代を思ったものだった。

エンパイア・ステートビルは1931年に竣工したが、大恐慌の真只中だったから、テナントが入らなかったために、「エムプティ・ステートビル」と、揶揄された。

今年、上海に世界で2番目に高い、超高層の「上海タワー」が完成する。

いま、世界でもっとも高い超高層は、ドバイの「ブルジュ・ハリファ」だ。

しかし、「ブルジュ・ハリファ」はじきに、サウジアラビアで建設が進んでいる「キングドム・タワー」が完成すると、世界第2位に転落する。

「キングドム・タワー」は、いまニューヨークの「世界貿易センタービル」の跡地に建設されて、アメリカでもっとも高いビルである「ワン・ワールド・トレード・センター」の2倍の高さになるといわれる。

「ペトロナス・タワー」の時代は何を意味するか

私は2008年に、マレーシアに招かれた時に、「ペトロナス・タワー」で講演した。1996年に完成して世界一となったが、翌年からアジア経済危機によって見舞われた。

マレーシアといえば、1977年にクアラルンプールで催された経済開発会議を1日早く抜けて、東京に帰るところ、日本赤軍のハイジャック事件が起って空港が閉鎖されたので、シンガポールから東京へ戻ろうとして、タクシーでマレー半島を、山下兵団が南下した同じ道をひた走ったことがあった。

椰子が茂る道を走りながら、シンガポールに入城した戦車隊の『遺骨を抱いて』の偉業を思った。今日、“アジアの時代”が到来したのは、日本が傲る白人による世界支配を、粉砕したからだった。

「ペトロナス・タワー」を見上げた時に、タクシーでマレー半島を南下した記憶が甦って、このビルもアジア解放の理想に殉じた、御英霊の働きによるものなのだと、感動した。

私はエレベーターに乗ってから、世界一高いビルが出現すると、経済が破綻するというルールを、エンパイア・ステートで学んでいたから、やはりそうなんだと思った。

2010年に、「ブルジュ・ハリファ」が誕生したが、世界経済が失速した。

このような超高層ビルは、その国の経済が最高潮に達した時に、着工される。エンパイア・ステートビルは、1929年に着工された。だから、右肩下がりの前兆となるのだ。

 「上海タワー」は中国が揺れる前兆か

「上海タワー」は、中国経済が大きく蹌踉(よろ)めく前触れなのだろうか。

サウジアラビアの「キングドム・タワー」は、石油ブームによって、砂上の楼閣のように出現した王国が、危機にさらされている兆のように、思われてならない。

それにしても、アジアと中東に競うように、つぎつぎと地上最高のビル群が出現してゆくというのは、この4半世紀のうちに世界構造が大きく変わったことを、痛感させられる。

エンパイア・ステートビルは、パナマ運河、大恐慌中の“ニューディール”によって建設されたフーバー・ダム、サンフランシスコのゴールデンゲート・ブリッジと並んで、「20世紀のモニュメント」といわれるが、すべてアメリカのものだった。

ついこのあいだまでは、中国は苦力(クーリー)の国として知られていたし、中東といえば、棗椰子(なつめやし)の蔭で、駱駝が居眠りをしているところを、連想したものだった。

アメリカがオバマ政権のもとで、アメリカの力が後退して行く中なで、世界を律してきた「戦後レジーム」が崩壊しつつある。

オバマ大統領は「アメリカは世界の警察官ではない」と、述べている。

第1次安倍内閣が登場してから、安倍首相が「戦後レジームからの脱却」を、訴えてきた。だが、「戦後レジーム」は、日本のなかだけに限られた、国内問題である。

だが、いま日本にとってそれよりもはるかに大きな事態が、世界を大きく揺さぶっている。

日本が誇る「平和憲法体制」は、世界的な「戦後レジーム」のもとで、アメリカが日本をしっかりと守ってくれることを、前提としてきた。わが「平和憲法体制」と、超大国であるアメリカが、アメリカに腰巾着(こしぎんちゃく)のように従ってきた国々を守るという「戦後体制」は、一体のものであってきた。

 独立の意義とは何をさすのか

それなのに、国会では集団的自衛権の解釈を見直して、日本の役割をひろげようという安保法制をめぐって、“平和憲法”に抵触するといって反対する声が、囂(かしま)しい。

“平和憲法体制”は、アメリカが日本に強要した「戦後レジーム」であるのに、その国内版を必死になって守ろうとするのは、アメリカという母親への甘えである。

まだ、アメリカから乳離れできないのだろう。「護憲」を叫ぶ人たちは、ズボンか、スカートを脱ぐと、星条旗柄のお襁褓(むつ)をあてているにちがいない。

私は首相や外相の顧問として、外交の第一線に立ったことがあるが、そんな時に、左や右の人々から、「アメリカの言う通りにならずに、自主外交をするように」と、叱咤されたものだった。

その都度、「アメリカが強要した『日本国』――「属国憲法」を、恭々しく押し戴きながら、『アメリカの言う通りになるな』と、いってくれるな」と思って、腹が立った。

敗戦後、敗戦を「終戦」、占領軍を「進駐軍」に摩り替えたが、「属国」を「平和」といい替えたのも、同じことであるに、ちがいない。

 言葉は生命なり、言葉は力なり、言葉は未来なり

尤も、日本では昔から言い替えることによって、本質を誤魔化すことが、得意術となってきた。

猪を「山鯨」と呼び、兎を鳥とみなして、1羽、2羽と数えてきた。いまでも、宴会が終わる前に、験(げん)を担いで「お開き」という。

日本は戦後70年にわたって、言葉を弄んできた。そのために、戦時中に「退却」を「転進」と呼んだのと同じように、現実から目隠ししてきた。

国会で、安倍首相が自衛隊を「わが軍」と呼んだために、叩かれている。匙を匙、あるいはスプーンということが禁じられて、匙を使っている時に、うっかり「匙」といったら、非人扱いにされるようなものだ。

日本国憲法は、日本に軍備を持つことを禁じることによって、日本を永久に属国としようとはかった、憲法を装った不平等条約である。日本を思い遣ったものではない。

 日本に真の軍備をもたせない意義は何か

私は有斐閣の昭和47(1972)年初版の『六法全書』を、所有している。曲学の徒である我妻栄東京大学教授が、編集代表として編纂している。
 
日本が独立を回復してから20年もたって刊行されたのに、なぜか「憲法篇」の扉にアメリカ独立宣言文が全文、英語と日本語で掲載されている。

「We hold these truths to be self-evident, that all men arecreated equal, that they are endowed by their Creator with certainunalienable Rights….」

「われわれは、次の真理を自明なものと考える。すなわち、すべての人間は、平等に造られている。彼らは、その造物主によって一定のゆずり渡すことのできない権利を与えられている‥‥」から、始まるものだ。

アメリカ独立宣言は、アメリカ3代大統領となったトマス・ジェファーソンが、起草した。ジェファーソンは南部の荘園主であり、奴隷主だった。「すべての人間」とは、白人だけのことだ。

アメリカ独立宣言文は、ジェファーソンが鞭打たれる黒人たちの悲鳴を聞きながら、書いたものだった。笑うべきではないか。


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