2015年05月11日

◆ファシズム国家は日本か中露か

伊原 吉之助



5月9日にモスクワで開く対独戦勝70年の記念式典に、プーチン露大統領が習近平中国国家主席らを招いて、「対ファシスト戦争勝利」を祝ふ由です。

ファシズムの定義は厄介です。「ファシズムとは何か」を問ふより、「何がファシズムでないか」を明示する方が遙(はる)かに容易だと言はれたりします (ワルター・ラカー『ファシズム 昨日・今日・明日』刀水書房)。

プーチン大統領の招きに応ずる習主席は、日本も「ファシスト国家」に入れて9月の抗日戦争の勝利に結び付けたいやうですが、日本はファシズムではな い。さうだといふのなら、根拠を示して戴(いただ)きたいものです。

 《定義が適合しない日本》

ファシズムといふ語はイタリア語に由来します。束ねる、結束といふ意味のファッショを使ひ、ロシア革命後の暴力的な共産勢力の秩序破壊工作に対抗する ため、暴力を辞さぬ反共愛国運動を展開します。また、「万国の労働者を団結」させ る共産主義の国際主義に対抗して、国家中心の愛国主義を唱へます。

ファシズムは、一指導者、一党独裁、大衆運動、民族主義、反共が特徴です。この規定なら、ナチス・ドイツとファシスト・イタリアは共通にくくれます が、わが国は前の3つが合ひません。前3つでは、寧(むし)ろ共産国がファシスト国家 と共通します。

歴史家エルンスト・ノルテは、ファシズムの特徴を6つ挙げます (『ファシズムの時代(上下)』福村出版)。

 (1)ロシア革命後に危機に晒(さら)された資本主義体制を守るため出現した。

(2)戦争から生まれ軍隊組織をまねた。

(3)工業家・地主・労働者の一 部が提携した。

(4)急進社会主義者やサンディカリスト(労組直接行動派)が中核 を成す。

(5)領土拡張を狙ふ帝国主義的民族主義である。
(6)イデオロギーは反共・反ユダヤ・反カトリシズムである。

これはイタリアを念頭に置いた定義ですから当然、日本には合ひません。

 《一緒に論じられない独と伊》

日本がはみ出ても、独伊両国は似てゐます。でも政治学者オーガンスキーによると、独伊は近代化の発展段階が違ふのです(『政治発展の諸段階』福村出 版)。

彼曰(いは)く、ナチス・ドイツはファシスト国家に非ず、独伊は「経済の発展段階が異なる」から一緒に論じられないのだ、ドイツは工業先進国だが、イ タリアは農業比率の高い中進国だと。

工業化する農業国は、農業から工業化資金を引き出します。農業勢力が強いと工業化にもたつき、経済が停滞します。そこへ第一次大戦後の動揺があり、反 共愛国でまとまる独裁が生まれたといふのです。

ファシスト独裁(ムソリーニのイタリアのほかに、フランコのスペインやサラザールのポルトガルなど)は、両派の膠着(こうちゃく)状態の下で登場しま すから、やれることは限られます。この独裁は農工両派の均衡の上に成り立つ共同統 治であり、両党政治なのです。

ナチスは違ふ。戦争で疲弊した経済(特に超インフレ)と莫大(ばくだい)な賠償を抱へる「もたつく工業先進国」なのだと。

この議論では、ナチス・ドイツはファシスト国家に非ず、従つて対独戦勝を「ファシスト打倒」といふのは間違ひだといふことになります。

 《政敵に浴びせる「悪罵の語」》

反共政権をやたら「ファシスト国家」と呼ぶのは、共産国の論法です。逆にナチス・ドイツとスターリンのソ連を重工業国に成立する「全体主義独裁」と 捉へて、同一視したのが哲学者ハンナ・アーレントでした。イタリアなど中進国(半農国)には全体主義は成立しないと(『全体主義の起原3』みすず書房)。

つまり、独裁者・一党独裁・全体主義支配ではナチス・ドイツと共産ロシアは共通するのです。

では中国は? 毛沢東時代の中国は思想統制が行き届いた全体主義独裁 国でした。思想統制は毛沢東没後、崩れるものの、今の習主席は統制強化中です。

こ の点では、ソ連、毛沢東時代の中国、ナチス・ドイツは全体主義で一括できます。わ が国の思想統制はこれら3国より緩やかで、マルクス主義者が戦争中も生き延びました。

わが国は、軍国主義国家ではあったもののファシスト国家でも独裁国でもありませんから、対日戦勝記念日に「ファシスト」や「ファシズム」を使ふのは間 違ひです。

それを敢(あ)へて使ふのは、「政敵に浴びせかける悪罵(あくば)の語」(ラカー、上掲書)に過ぎません。つまり、ファシズムとは、極めて政治的な 罵(ののし)りの言葉なのです。

あの戦争を連合国が“悪漢国”を倒した「正義の戦争」と言ひたいがため、日独を悪者にして罵倒語「ファシスト」を使ふのです。

でも露中は当時も今も、自由民主国家でも法治国家でもない。明治以来、議会政治も法治も実現したわが国が、彼らからファシスト呼ばはりされる謂(い は)れは全然ありません。

(いはら きちのすけ・帝塚山大学名誉教授)

産経ニュース【正論】2015.5.8  (採録:久保田 康文)


   
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック