2015年05月14日

◆「青瓦台」襲撃未遂事件 知ってる?

毛馬 一三


韓国の朴槿恵大統領が、日本の歴史問題を掲げて批判するたびに、思い出すことがある。

1968年、父の朴正煕(パク・チョンヒ)大統領と閣僚の暗殺を狙って、北朝鮮の第124部隊第1中隊第1小隊に所属する31名が、休戦ラインを突破し侵入した事件だ。

この韓国大統領府「青瓦台」襲撃事件は未遂に終わったが、事件を背負っていることは、余り韓国では口に出さない。

筆者は、当時NHK大阪放送局の府庁キャップをしていた。同事件に深い関心を覚えたため個人的単身で渡韓し、既知の有力韓国新聞社社長の紹介を受けて、韓国政府公安機関KCIAの要人と面会し、事件の「詳細」を“取材”した。

勿論休暇をとっての行動だった。その取材内容は立場上「公」には出来なかったが、当時のCIAの要人からの「取材メモ」を探し出した。

そのメモが見つかった。下記に添えておきたい。

冒頭に記述したように、韓国青瓦台奇襲は、1968年1月21日夜10時を期して決行する命令が、金日成首領から金正泰を通じて出された。

青瓦台奇襲部隊は組長の金鐘雄大尉(事件後4日目に射殺)ら31名で、唯一生き残った金新朝も一員だった。

全員が機関短銃1丁(実弾300発)、TT拳銃1丁、対戦車手投げ弾1発、防
御用手投げ弾8発と短刀で武装した。

奇襲部隊は、1組が青瓦台の2階を奇襲して朴正煕大統領と閣僚を暗殺、2組は1階を襲撃して勤務員全員を殺し、3組は警備員、4組は秘書室全員射殺というのが任務だった。

16日の午後、黄街道延山基地を出発。途中軍事休戦ライン南方の非武装地帯を緊張しながら訓練通り過ぎ、ソウルに真っ直ぐのびる丘陵を辿った。歩哨所や検問に遭遇しなかったため、金組長は「南」の士気が乱れている所為だと勘違いした。このため、31人全員が隊列を組んで堂々と行軍するという行動に出た。

だが行軍しているうち、「戸迷い」にぶち当たった。所持した地図に従ってソウルにいくら接近しても、「北」で教育された荒廃している筈のソウル市街は、なんと21日の夜になっても現れてこない。

南下すればするほど煌々とした市街地が現れてくるばかりだ。「これはソウルではない」。「じゃ、一体ここは何処なんだ」。「北」の教育が間違っているとは一瞬たりとも気付かない、ミスを更に重ねた。

その上に韓国軍の服装、装備に身を固めている限り怪しまれることはないと思い上がった金組長が、敵地で初めて出会った韓国人2人に「訓練中に道に迷ったのだが、ソウルに行く道を教えてくれないか」と、呆れた質問をしている。

奇襲隊に遭遇した2韓国人は、ソウルへの道筋を教えたものの、不審に思った。

眼下に広がるソウルを韓国軍が見つけられない筈はない。発音も韓国訛ではない。まして前年6月から「北」の武装スパイが上陸して韓国軍から射殺された事件を2人は知っていた。

2人は急ぎ山を降り、警察に通報した。これが襲撃防止の貴重な要因となった。

奇襲隊は21日夜9時、ソウル北方紫霞門の坂道を通過しようとして、警察の検問にひっかかった。尋問を受けた奇襲隊は慌てて機関短銃を乱射し、市バスと民家に見境なく手投げ弾を投げた。

奇襲隊は、青瓦台の800m手前まで迫りながら、韓国軍と警察の掃討作戦によりちりぢりに撃退された。2週間に及ぶ掃討作戦により、金新朝1名が逮捕され、他は全滅させられた。

この銃撃戦で韓国側は、崔警察署長を含め68名が死亡している。

序でながら私の「メモ帳」には、青瓦台襲撃に失敗した「北」が、10ヶ月後の11月2日、襲撃組長金鐘雄大尉ら31名の同期生120人のいわゆるゲリラ別斑が、韓国慶尚北道蔚珍郡と荏原道三に海上から「南」に進入しているとある。

このゲリラ隊は、山岳地帯の小部落を武力で占領、赤化せよという工作命令を受けていた。部落民を集めて赤化を強要する「部落拉致事件」。

事実従わない者は短剣で刺し、石で殴り殺すという虐殺を行っている。

「共産党は嫌い」と叫んだ李承福という10歳の少年の口を引き裂いて殺した。断崖絶壁をロープでよじ登り、部落を占領して住民を」拉致し、赤化地帯にするという想像を絶するこの「北」のゲリラ事件は、何故かわが国では余り知られていない。

「メモ帳」に記した青瓦台奇襲して朴正煕大統領と閣僚を暗殺しようとした歴史的事実は、前述のように、今は韓国でも秘密のようで、余り知られていない。

北朝鮮は、潜水艦からミサイルを発射実験をして、韓国・日本・中国。アメリカを威圧している。

日本は、韓国大統領襲撃事件の歴史には関係ないが、朴槿恵大統領も、これからもっと日米との友好関係を、真剣に考えていくべきだろう。(了)

★「頂門の一針主宰者・渡部亮次郎氏より」
:唯一生き残った金新朝氏に1973年訪韓しインタビューしたことがある。宣教師になっていた。ソウル市内を煌々と照らす光景を目にしたとき「隊長」は「しまった間違えて東京に上陸しちまった)とつぶやいたという。

  
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