2015年05月25日

◆沖縄での米軍訓練の実態

渡部 亮次郎



私は通常では絶対見ることのできない、米軍基地での訓練の実態を詳しく見た経験が有る。沖縄特派員(NHK)だった時期があるからである。

作家の石原慎太郎が参院選挙に出馬、300万票をとって最高点で当選した(7月7日)昭和43(1968)年。この後の11月10日には沖縄で初の主席(知事)の公選が行なわれ、NHKから特派員として私が旅券をたずさえて派遣された。

言うまでも無く、昭和43年は沖縄の悲願とされた「祖国復帰」は実現していない。日本にとっては「外国」だったから、私がパスポートを所持した所以である。

したがって出張旅費もドル。私は1日40ドルを支給された。1ドルは360円。360×40=14,400(円)。大名旅行だった。なぜなら下宿代(2食、6畳間)が1日5ドル、タクシー雇い上げ代1日10ドル。残り25ドルは使い道なし。

とはいえ、選挙情勢を探るのに、何処へ行けばいいか、皆目見当が付かない。何しろ琉球(当時は沖縄県ではなかった)選挙管理委員会で「開票状況の速報体制はどうなっておりますか」とたずねたところ、「速報って何ですか」と言う答え。

投票が済めば、結果は投票箱を何時空けても同じ。慌ててあける必要は何処にも無い、と実に哲学的な答え。繰上げ投票など、何でする必要がありますか。ダメダコリャ。

妙なのだ。雇い上げたタクシーを毎日、ナショナル電気洗濯機とわき腹に書いたワゴンが決って尾行してくる。問いただしたらアメリカ政府の高等弁務官の依頼で私の24時間を監視しているのだ、とアッケラカンと白状する現地人。

昨夜は何処のバーで何の銘柄のウイスキーを何杯呑んだか、ホステスを誘惑したか否かも米軍は把握しているという。なぜならホステスそのものがスパイに仕立てられているからだという。

言論自由のアメリカ、けしからんと弁務官に抗議。「ミスター・ワラナベ 不都合な記事を載せた新聞は那覇空港で検束すれば済むが、NHKの電波は検束できない。だから発信元を監視する以外に手段がないのです」とあっけらかん。

「これも何かのご縁ですから、我々の訓練を視察なさいますか「といってIDカードを呉れた。その時瞳の色を問われて「黒」と答えたら「黒は琉球人、日本人はブラウン(茶褐色)ですと訂正された。

基地の名前を忘れたが、たしかキャンプ・コートニーだったと思う。ジャングルの中を進むと、細い道の向こうに盛り上がったところがある。合理的に考えれば地雷。避けて通ると、よけたところにこそ地雷。頭が早くも混乱。

掘り抜き井戸がある。予め射撃で破壊。安心して通りぬけたら後ろから撃たれた。ベトコンはかねて射撃を予測。井戸に横穴をくりぬいて隠れていたのだ。文明人を端から信用どころか、バカにしているのだ。

先に掘っ立て小屋がある。焚き火して湯を沸かしていたようだ。逃げられた直後らしい。徹底的に射撃したあと近付くと薪の山の中に自働射撃の銃が隠されていて撃ってきた。

喉がからから。「戦友」に貰ったコーラで潤し、空き缶をポイと捨てたら、それが火炎ビンとなった返ってきたではないか。これでは文明的な生活に慣れたアメリカ人は価値観の余りな違いに戸惑い、終いにノイローゼになる人が出て当然とのことだった。

専門家ではないからよく分からないが、合理主義と物量のアメリカは、間もなくヴェトナムから敗退した。

なお琉球主席選挙の予測は4万票差で野党統一候補の屋良朝苗(やら ちょうびょう)氏が当選。その通りとなった。投票前日に東京へ送った私の電話をアメリカ軍はちゃんと録音していた。
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