2015年06月18日

◆相互理解深化が日中を打開 B

浅野 勝人 (安保政策研究会理事長)
 


ところで 中でも差し迫っているのは、北京のスモッグ、PM2.5です。

TM2.5の指数が300に達したら、一日にたばこを20本吸うのと同じだそうです。こども達が、毎日、たばこを無理矢理20本吸わされたらどうなるか想像するだけで恐ろしくなります。

事実、PM2.5は、喘息や不正脈を招く恐れがあり、肺がんのリスクも指摘されています。

日本の場合も「公害列島」と呼ばれていた1960年代の大阪は、ばい煙と粉塵にまみれた「スモッグ都市」でした。

1965年当時、大阪府庁の屋上から近くの大阪城を眺めますと、天守閣がスモッグの中にぼんやり霞んで見え隠れしていました。当時は、子どもに喘息が蔓延して、生命を脅かされるほど深刻な事態となっていました。

それが20年後には、大阪城の雄姿がくっきりと見えるように改善されました。

固定発生源の対策として、工場が使う23種類の有害物質を対象に濃度規制を徹底しました。合わせて汚染物質の排出量を抑える総量規制を導入しました。こうして濃度と総量の両面から規制を強化した効果はてきめんに表れ、ばい煙と粉塵は目に見えて減りました。                          

もうひとつの移動発生源については、高速道路とバイパスの拡充、それに交差点を改良して、車の流れを出来るだけスムーズにしました。
同時に排気ガスをまき散らす燃費の悪い自動車を締め出して、低公害車、低排出ガス車への切り替えに成功した結果、大気の環境は急速に改善されました。        
       
長江は、全長6,300km 。アジアで最長、世界第3位の河川です。流域には、上海にいたるまで186の都市におよそ4億5,000万人の人が暮らしています。そして、主要都市の周辺には無数の工場が散在しています。                            
長江は、中国に必要な農畜産物から鉱工業製品まであらゆるものを生み出し、中国全土の人々の生活を支える「母なる大河」です。   
長江の滔々(とうとう)たる流れは、黄河とともに飲料水、農業用水、工業用水として、中国を世界第2位の経済大国に押し上げてきました。

しかし、同時に、生産力の急速な拡大は膨大な工場廃水を伴い、長江に流される生活汚水は果てしなく増えました。「ヨウスコウイルカ」と呼ばれ、数百万年の間、長江にだけ生息していた珍しい淡水イルカの生存は、今では1匹も確認されていません。
近年の著しい水質汚濁は、生態系を脅かし、人々の暮らしに黄色の信号を点(とも)しています。

東京の下町を流れる「隅田川」の例と比較してみます。
情緒豊かだった隅田川は、1970年頃から流域の工場の廃水と住宅密集地域からの生活排水で「死の川」と化しました。
生態系は破壊され、川魚は死に絶えました。悪臭を放つ川べりに寄りつく人は途絶え、恒例の早稲田大学と慶応大学の「早慶レガッタ」も、日本一を誇った「両国の花火大会」も中止されました。                     

まず隅田川流域に散在する大小4万9,000余りの工場に対し、濃度規制と総量規制の両面から有害な廃液を締め出しました。

次に各家庭から流れ出る汚水について、300万人の生活排水を処理する下水処理施設を24年間かけて、100%完備しました。現在のBODは、わずか「3」となり、概ね浄化に成功しました。        


流域の住民4億5,000万人の長江と300万人の隅田川とでは比較対象にならないかもしれません。しかし、今の中国の力量からみて、やろうと思って出来ない課題は何一つありません。

大事なことは、官民一体の決意と取り組み方ひとつで、問題の克服は可能です。

特に、日中が最新の技術を駆使して協力すれば、かつて日本が20年かかってことを、いまなら4〜5年で出来ます。


現在、日中両国を取り巻く情況を考えますと、双方が協力しあう好機が到来していると思います。いつまでも睨み合っているのは時間のムダです。日本の経験と技術が中国のマンパワーと一体となって取り組めば、相乗効果は計り知れません。


今から41年前、NHK政治記者の折、日本と中国の間に航空機を就航させる交渉を取材、報道するため、大平正芳外相に同行して初めて中国を訪問しました。

その時、誠に光栄なことに周恩来首相とお目にかかる機会を与えられました。端正で品格に富んだ周恩来首相は「日中両国が、相互信頼の基に、確固たる協調関係を樹立すれば、アジアの平和と繁栄に計り知れない役割を果たすことが出来る」とおっしゃいました。

以来、あの時の感動は、かけがえのない誇りとなって、私の心の中に生き続けています。


周恩来首相の教え通り、相互理解の深化が、停滞している日中関係を打開、改善します。そして、それを担うのは、清華大学の俊英の皆さんです。

熱心に聴いていただき、有難うございました。皆さんと出会えて、とても幸せでした。非常感謝!> 

この講演あと、質疑応答、30分を予定していましたが、案の定、90分経っても終わりそうもありません。担当教授が「今回はこれまで」と宣言して打ち止めとなりました。丁々発止、まさに白熱教室でした。

<学生のレベルは高い。>

北京外大の講義のおわりは「今日は、わたしの私淑する大平正芳先生ゆかりの前大平学校(現在の日本学研究センター、外大の構内にある)の講堂で、大学院生の皆さんに講義をする機会に恵まれました。天空の大平先生もご満足のことと皆さんに感謝いたします」と述べて、万雷の拍手でした。(終) (元内閣官房副長官)
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