2015年07月31日

◆勝手・言いたい放題(その一)

眞鍋 峰松
            


7月25日の産経新聞朝刊紙上に、日中・日韓関係に関する二つの記事が載っていた。  一つは、第二次大戦中、日本で過酷な労働を強いられたとして中国人元労働者や遺族らが日本企業に賠償を求めている問題で、三菱マテリアル(旧三菱鉱業)が謝罪や金銭による補償を含めた和解検討しているというもの。 

もう一つが、橋下大阪市長が、米サンフランシスコ市議会で審議される慰安婦の碑・像の設置決議案について「旧日本軍だけ取り上げるならアンフェア」として 姉妹市・サンフランシスコ市議会の慰安婦像設置決議案に見解ただす文書を送る方針を明らかにしたというのである。 

これら二つの記事を読み、改めて日本と両国間に横たわる亀裂の深刻さへの認識とともに、戦後70年も経つのに一体いつまで続くのだろうか、罵り合ってもお互いに国土を移転する訳にもいかないだろうに、という残念な気持が正直なところ。
  
この二つの産経記事について、他紙、特に朝日と毎日新聞の両紙はどのように報じているのかと思い、同時刻に両社の新聞デジタルを読んでみた。 

だが、私の眼で見る限り、同時点では両紙とも言及した記事は一切見当たらなかった。 辛うじて、毎日新聞が同日夜22時32分になってデジタル版で「強制連行訴訟:三菱側が和解案 中国原告に1人200万円」の見出しの下に報じており、翌27日になって朝刊新聞紙面で報じた。 

だが、朝日新聞には全く見当たらなかった。 これは全く解せない話である。

現在の日本にとって、これら二件はともに、今年夏にも公表が予想される戦後70年首相談話を目前に、時期的にも対中国・韓国外交にも大きな影響を及ぼす微妙な問題である。 

にも拘らず、常日頃、首相談話に両国への日本政府からの反省と謝罪を織り込めと強く主張する両紙がこれらを無視したり軽視することは、私の眼には実に奇妙な話に視える。
       
6月26日の朝日新聞紙面には「(池上彰の新聞ななめ読み)元法制局長官の安保法案批判 同じ発言、トーン大違い」との見出しで、「・・・(元法制局長官)阪田氏の発言は新聞によってニュアンスが異なり、朝日、毎日、日経、読売の順に、発言は厳しいものから緩やかなものへと変化します。同一人物の発言のトーンが、これほど違っているのです。この並びは、安全保障関連法案に対する社の態度の順番とほぼ一致しています。 社としての意見はあるにせよ、記事が、それに引きずられてはいけません。どのような発言があったのか、読者に正確に伝えることで、読者が自ら判断する材料を提供する。これが新聞の役割ではありませんか。」との記述があった。
                     
この池上氏の記述はまさに正鵠を得ている。 市井の民の一人である私としても、これこそマスコミ各社並びに報道記者の皆さんに心して貰いたいことだ、と思う。 

社としての意見が如何にあろうと、事実は事実として、報道の義務を果たすべきではないのか、と考える。 それでなければ、新聞の読者にとって、判断するべき材料を得る機会を与えられず、全て当該新聞社の一方的な意見を押し付けられるという結果にしかならない。  

勿論、両紙がこれら二件をどのような判断の下で対応されたのかは、分からない。 

現在議論の的になっている安保体制法制化へ反対の立場の両紙が、中・韓両国への日本国民の反発感情に配慮した判断だったのではないかと考える私の推察は、うがち過ぎなのかも知れない。 

寧ろ、これら二件は産経新聞の特ダネだったのかも知れず、両紙の特落ちの結果だったのかも知れない(毎日新聞の記事はいわゆる後追い記事だった?)。 

仮に両紙の特落ちということなら、報道した産経新聞は、これらを「和解検討している」「文書を送る方針を明らかにした」と未確定事実として報じたのだから、後日でも事実確認し報じるべき義務があると思う。
(続く)       
       

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