中澤 克二
国家主席の習近平が進める反腐敗を掲げた政治闘争が新たな段階を迎えようとしている。20日に前国家主席、胡錦濤の側近、令計画の共産党籍を剥奪し、24日には河北省トップの周本順(中央委員)を摘発した。現役の省トップ摘発は習体制下で初めてだ。
この周本順は司法を統括する政法部門で長く働き、先に無期懲役が下った前最高指導部メンバー、周永康に近かった。2013年春、河北省党委員会書記に就いた後、しばらく様子見していたが、周永康の摘発が不可避と判断すると即座に寝返った。周永康の罪状を巡る情報を習側に提供したのだ。
「反腐敗で日和見を許さず」
「旗幟(きし)鮮明にし、決して『塀にまたがる派』をつくらない」寝返らないと大変な目に遭うという警告の言葉だ。かつての周永康派の面々に自分の口で言わせてきた。中国語で日和見を意味する「塀にまたがる派」は、優勢な方に降りようと様子見するずるいやつらを意味する。
人民日報の論評にも登場しており、内部講話で習近平が繰り返したキーワードだ。
「塀にまたがる派」は、文化大革命(1966〜76年)前後に繰り返し使われた毛沢東の言葉だ。毛に倣う習の政治手法は「左寄り」である。敵を見つけたら大運動の展開で徹底してつぶす。
その結果、絶大な権力を手に入れる。「旗幟鮮明」は89年の天安門事件で「民主化運動を潰す決断をしたケ小平の側につかないと明日はない」と脅す際に使った。似た党内闘争が今も続く。
■自己批判迫る習近平
2013年夏、習は反腐敗の政治運動として打ち出した「群衆路線教育実践活動」の一環で河北省に3、4日間滞在した。河北省は20代だった習の初の地方赴任 の地で、思い入れがある。
同行したのは官房長官役の中央弁公庁主任、栗戦書。習が 河北省正定県トップだった時代に隣町の無極県トップだった。若年の習は3歳年上の兄貴分、栗戦書を慕い頼った。2人は「河北閥」でもある。
周本順 河北省党委員会書記(河北省政府ホームページから)
周本順 河北省党委員会書記(河北省政府ホームページから)
習は、河北省で文化大革命並みの「自己批判大会」を開き、派閥の違う周本順らを叱咤(しった)した。
「私は本当の自己批判を聞きに来たんだ」
こうすごんだ習には周永康派を抑え込む意図があった。
「ぜいたくの病根は私たちの理想・信念の不足にあります……」
たじたじとなった周本順は自己批判のうえ、全面降伏するしかなかった。
共産党籍を剥奪された令計画は胡錦濤の側近だった
共産党籍を剥奪された令計画は胡錦濤の側近だった
習による「群衆路線教育運動」は、敵と味方を色分けし、日和見を許さない仕掛けだ。敵なら摘発し、寝返ればしばらくこき使う。文化大革命の際、多用さ れた自己批判を迫る手法に似ている。
2002年にトップに立った胡錦濤が本格的な政治運動に乗り出したのは3年後だ。その前任の江沢民の場合はトップ就任の11年後である2000年になってから。 習はわずか半年で自らの運動を打ち出した。異例の速さである。
この群衆路線教育実践活動をまじめにやっていないと指摘され、失脚しそうになった男がいる。最高人民検察院院長の曹建明。中国の検察トップである。
一 時、周永康との深い関係を噂された中央テレビ出身の女性が妻だ。周永康の下で司法 関係の仕事をし、中央テレビ出身の元公安省次官で摘発され李東生とも近かった。曹 建明は習に旗幟鮮明に忠誠を誓い、ひとまず九死に一生を得た。
しかし、周本順が河北省トップ就任後、2年4カ月もたってから摘発されたことで情勢は流動的だ。せっかく寝返って恭順の意を示しても、政局次第で捕ま る時には捕まるのだ。関ケ原の合戦で徳川方に寝返った小早川秀秋の家が最後は改易 となったのにも似る。
周本順は12年3月に起きた令計画の息子の「フェラーリ事故」の隠蔽工作への関与が取り沙汰される。周本順は当時、中央政法委員会秘書長で、同委トップ だった周永康の直系の部下だった。令計画の息子は、運転していたフェラーリが北京 の北四環路の橋脚に激突して即死。同乗の女性2人は全裸、半裸だったとされる。令 計画は不祥事の隠蔽を周永康に依頼し、周本順も関わったとみられる。
■北の守り固めの一環
周本順の摘発には別の意味もある。習は今、河北省と北京、天津の両直轄市を三位一体で統合的に開発する構想を「重大な国家戦略」と位置付け、急ピッチ で進めている。
「胡錦濤時代に計画された河北省、北京、天津それぞれの大規模開発構想の6、7割は習時代になって覆され、修正を余儀なくされた」
計画修正に奔走した関係者の指摘だ。習は、三位一体開発の推進で首都圏の経済開発、資金配分、人事の主導権を引き寄せようとしている。習は長く勤務し た福建省や浙江省、そして父の故郷、陝西省などでは絶大な影響力を持つ。
しかし首 都圏と、元国家主席の江沢民のお膝元である上海では、なお基盤を固める必要があ る。周本順の摘発は北の守り固めの一環だ。
■長老らとなお力比べ
とはいえ、周本順は「大虎」とはいえない。17年の共産党大会での最高指導部人事に向けて、少なくてもこのクラスの幹部の摘発は続く。政治闘争が佳境を 迎えるのは16年以降だからである。
一方で今、注目されるのは周永康や、軍制服組トップ級だった徐才厚(摘発後、3月に死去)のような大虎がまだいるのか、だ。徐才厚と同クラスの軍制服 組で前中央軍事委員会副主席の郭伯雄。軍人である息子が既に摘発されたことで、本 人の摘発公表に至るのかが当面の焦点になる。
長老らとの重要会議が開かれる河北省・北戴河の海岸には一般人の立ち入りを禁じる党幹部専用のビーチが多い
長老らとの重要会議が開かれる河北省・北戴河の海岸には一般人の立ち入りを禁じる党幹部専用のビーチが多い
「周永康が死刑や執行猶予付き死刑ではなく、無期懲役に終わったことで『超大物』の摘発はしばらくない。長老らの力はなお強い」
「反腐敗は、周永康のような『大虎』の派手な摘発の次の段階に入る。党規約の厳格な運用を意味する『規格化』だ。何をすれば捕まるのか明確な基準を示 すのが望ましい」
政治闘争の嵐で右往左往してきた党幹部らは、期待も込めてこうささやきあう。しかし、中国の権力闘争では一寸先は闇だ。河北省の保養地、北戴河で指導 部メンバと長老らが重大問題を巡って意見を交わす「北戴河会議」がまもなく開か れる。再び、習近平と長老らの力比べである。
(敬称略)
中澤克二(なかざわ・かつじ) 1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デス クなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14 年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞
日本経済新聞 電子版 【激震習政権ウオッチ】2015/7/29
(採録:松本市 久保田 康文