杉浦 正章
“猫パンチ”に終始した福山質問
年のせいか補佐官というとどうしても隠密外交のキッシンジャーを思い起こしてしまう。極秘裏の外交で驚天動地のニクソン訪中を成し遂げた米国外交史上屈指の補佐官と比較してしまうのだ。
格好づけの細川護煕が真似をして1993年に内閣総理大臣特別補佐を設置したのが初めだが、日本の場合は“お耳役”的な存在が多い。
ところが磯崎陽輔忍者の欠点は、首相・安倍晋三の“お耳役”どころか、一連の失言がいみじくも物語るように、サービス過剰で“国民のお耳役”まで果たしてしまうことだ。これでは安倍はたまらない。
今は流れは続投であり、更迭の選択はないが、9月の再選後の改造では、いささか問題児の文科相・下村博文とともに「お役御免」にしなければ長期政権もおぼつかなくなる。親しい自民党幹部は「磯崎君には皆苦々しく思っているが、総理が党で何度も謝っているから仕方がない」と漏らしている。まあ空気はこんなところだろう。
普段は大人しくてもこういう“やっちゃ場”では政治家も本音が出る。味方だと思っていても、つい“謀反”の本性を垣間見せるのだ。
二人居るが、一人は公明党幹事長・井上義久だ。誰も与党では更迭を言わないときに「政治家だから進退の判断をするのが基本」と更迭論の口火を切った。さすがに政権与党としてまずいと思ったか公明党は参院幹事長の西田実仁に、参考人質疑後「首相を補佐する自覚を持って今後とも臨んでほしい。しっかり見守っていく」と修正させて続投を容認、亀裂を防いだ。結果的には与党内は「辞任なし」で固まった。
一方で気になる発言は特別委員長の鴻池祥肇だ。鴻池は磯崎が常識外れにも「9月中旬に法案を上げたい」と馬鹿な発言をしたことを取り上げ「参院は衆院の下部組織、官邸の下請けではない」と述べたのだ。
特に後段部分には安倍に対するトゲがあり、委員長として強行採決の任を果たすだろうかと首を傾げる発言だ。過去に鴻池は小泉純一郎の郵政解散で、当初は郵政法案を批判したが、自民党圧勝が強まると賛成に急転換した人だ。
2009年の官房副長官時代には週刊新潮に、「議員宿舎に泊まる超一流企業の美人妻」とスキャンダルをすっぱ抜かれるなど問題を起こした人でもある。誰が決めたかこの委員長人事には当初から首を傾げている。
それにつけても3日の参考人質疑では、民主党の福山哲郎が同党にとって千載一遇のチャンスを逃した。質問冒頭から辞任要求のパンチを繰り出したはいいが、“猫パンチ”に終わった。
磯崎が「陳謝と撤回。辞任せず」を明言してひたすら低姿勢に徹した結果、つけいる隙がなかった。福山の質問でいつも思うのだが、どうもこの人物は物事を無理にこじつけたり揚げ足取りをすることが好きなようだ。
この結果せっかくの質問の馬脚が現れる。今回も磯崎の「憲法改正を国民に一度味わってもらう。2回目以降で難しい問題をやる」という国民を小馬鹿にした発言を取り上げたが、過去にとっくに問題化しており、二番煎じ三番煎じもいいところだ。もう聞き飽きた。
こじつけの最たるものは磯崎が万一の場合は「上陸する」と述べたという点だが、正確には「安倍総理は上陸は考えていないと述べているから、当然抑制的に考えなければならない」であり、真逆だ。どこから「磯崎が上陸と述べた」事に結びつくのだろうか。
まだある。福山は磯崎が「今私のところに憲法違反と言ってきている人はいない」という発言を、さも現時点での発言であるようにとらえて追及したが、これも下手すぎるトリックだ。磯崎がインタビューしたのは4月の時点であり、その頃は誰も憲法違反などと言っていなかった。
衆議院憲法調査会で曲学阿世の憲法学者が違憲論を述べたのは6月はじめであって、4月にはそんな声はとんと聞かれなかった。福山質問はどうもその場限りのデモ隊うけを狙っており、正攻法ではない。
公平に見て磯崎の「法的安定性は関係ない」発言は、真意ではあるまい。舌足らずと意気込み優先が先行したものであり、安倍としても野党の言葉狩りに応じて罷免していたら、辞任の連鎖となりかねない。法案の成否まで左右しかねない。ここは「辞任なし」が正解であろう。
渦中の人であるにもかかわらず磯崎は28日夜に安倍と飲んだ後、不謹慎にも酔って顔を真っ赤にして報道陣の取材を受けていたが、あの夜の磯崎らとの会合で、安倍が引導を渡したか、続投を示唆したかは不明だった。
しかし、やはり安倍は磯崎を抱えて中央突破することにしたようだ。福山は最後に「今後は総理にしっかり問うていく」と言明。幹事長・枝野幸男も「磯崎問題というより安倍問題だ」と矛先を安倍に転じて“政局化”する構えを見せている。
朝日も4日付の社説で「首相の任命責任を問う」と矛先を安倍に向けた。社会党・朝日共同戦線は60年安保が最後は「岸退陣」の政局に向かうよう動いたように、今回も「民主・朝日共同戦線」は政局化して、安倍内閣を揺さぶる動きに転ずる戦術のようだ。
しかし安倍自身が「法的安定性重視」を表明している以上、この問題では次の一手がない。おまけに民主党を始め野党の支持率は低迷したままであり、自民党は30%台と依然高率だ。
磯崎問題はどっちみち避けて通れないガチンコ勝負がいささか早まっただけで、勝敗は民主党と朝日が日露戦争当時の「またも負けたか八連隊、それでは勲章九連隊」となるだけであろう。ちょっと古いか。
<今朝のニュース解説から抜粋> (政治評論家)