2015年08月12日

◆日経新聞のFT買収に物申す

田村 秀男


「グローバルメディア」は自滅の道 

 日本経済新聞が英国の名門紙、英フィナンシャル・タイムズ(FT)グループを傘下に加え、「グローバルメディア」を目指すという。経済メディアとして圧倒的な日本国内シェアを持つ日経の「グローバル化」は日本経済にとってどんな意味があるのか。

日経は、FTの編集権の独立を保証し、お互いの文化の違いを尊重すると明言している。新聞社の場合、首脳や編集担当幹部がだれになるかによって、編集路線が決まる。日経側は1600億円を投入しても、FTの人事に介入を自制するだろう。

それでも通常のパートナーシップを通じて、FTの国際ニュースやデータなどのコンテンツの取り込みやFTが先を行くといわれるデジタル技術くらいは活用できるだろう。

ともかく、目指すのは「真のグローバルメディア」(喜多恒雄会長)である。読者ベースを日本列島に限定せず、グローバル、つまり地球規模に広げる。画期的な挑戦なのだが、気がかりな点がいくつかある。

まず、ジャーナリズムは基本的にローカルであり、ローカルに根ざした上でグローバルという世界に切り込んでいくものだ。FTはロンドン金融街シティをホームグラウンドとするローカル紙のはずだが、シティはニューヨーク・ウォール街と一体となった国際金融センターだ。

グローバル言語の英語の格調の高さを誇るFTはローカルにしてグローバルなのだ。

日経はジャパン・ローカルそのものである。海外に支局や販売法人を多く設置しても、主たる読者やユーザーは日本語利用者である。

ローカルがグローバルに劣るわけではない。本国の幅広い読者のためになる情報を海外で取材することは日本メディアの基本的使命である。社会の公器として、新聞には再販価格制度などの「特権」が付与されているゆえんでもある。

筆者自身、日経に長く在籍し、1980年代半ばから後半にかけてワシントンに駐在した。ワシントンは当時、円高に誘導して対日金融緩和圧力を激しく加え、通商摩擦では戦時の対日制裁条項まで持ち出す。中央情報局(CIA)まで動員する。戦勝国対敗戦国の構図さながらである。

日本の「不公正貿易慣行」を攻撃しがちな米国大手紙に対し、日本人記者として、米国の傲慢ぶりを行間に詰め込んだ。

香港の中国への返還(1997年)時には香港に駐在したが、英メディアは英国領香港が恥ずべきアヘン戦争勝利のたまものであるとはみない。他方では中国共産党体制に好意的である。日本人である筆者の関心は、大英帝国の狡猾(こうかつ)さと中国共産党の強権に翻弄される香港市民の運命だった。

今、日経とFTが日本の針路にかかわる政策で一致するケースが少なくない。消費税増税が典型例だ。

FTは2013年9月13日付の社説で、消費増税を「挑戦するに値するギャンブル」、「さいは投げられた」として、増税に逡巡(しゅんじゅん)する安倍晋三首相の背中を先回りして押した。

日経はもとより増税一点張りの論調である。国際、国内両面から包囲された安倍晋三首相は13年9月下旬、翌年4月からの消費税率8%への引き上げに踏み切った。

中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立や人民元の国際準備通貨制度である国際通貨基金(IMF)のSDR(特別引き出し権)への組み込みについて、FTは終始好意的だ。

背景にはロンドン市場での人民元決済権益を追求する英国の思惑があるはずだ。日経もAIIBへの日本の参加を強く求めてきた。元のSDR通貨化についても、日経はFTと同調しかねない。

日本経済は消費税増税後、再生軌道から外れ、マイナス成長は4〜6月期も不可避の情勢だ。日本が成長することよりも、デフレの中で余剰貯蓄が国内で使われず、海外に流れるほうに関心を向ける国際金融市場の利害を反映するFTに対し、日経は驚くほど親和性が高い。

人民元膨張は中国の軍拡と同時並行だが、東シナ海や南シナ海から遠く離れた英国にとっては、人民元金融での利権獲得しか目に入らないようだ。
日経がグローバルメディアとしてFTと同一論調になる構図は、日本にとってリスクとなるだろう。

「日経はFTと報道の使命、価値観を共有する」(喜多会長)とはいかにも聞こえがよい。だが、日本メディアという原点を忘れたグローバル化は、日本の自滅の道ではないか、と恐れるのだ。(編集委員)

産経ニュース【日曜経済講座】2015.8.9

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