2015年08月15日

◆戦前・戦中の真の平和追求団体

天下の無法松



本当に暑くてたまりませんね。

北九州地方は梅雨が明けるのが非常に遅く、先月末近くになってようやく梅雨が明けたと思ったら、北九州地方も猛烈な激暑が続いておりますが、皆様は如何お過ごしでしょうか。

今週は大東亜戦争後の事では無く、戦前・戦中のことについて先に述べた国民文化研究会の前身の各団体、人物を再度、取り上げてみます。

その団体は先に述べた様に、大きくは日本学生協会と精神科学研究所と言う2つの団体があり、今回は次のURLの内容を紹介しながら、その団体におられた方々の人物像について触れたいと思います。

国民文化研究会Wikipedia:https://goo.gl/k32476

戦前の東京帝国大学で、日本学生協会のメンバーであられた小田村寅二郎先生は戦前から既にマルクス・レーニン主義に侵されていた東大教授達の共産主義的洗脳教育を批判して、当時の新興宗教団体の一つの「生長の家」の機関紙にその批判を投稿したそうです。

東京帝国大学における学生思想問題と学内管理に関する研究:http://goo.gl/2PEQvz

小田村寅二郎先生は日本反日協会の大河ドラマに出ている小田村伊之助(楫取素彦)の御子孫ですが、この公然たる東大学風批判事件(小田村事件)が、帝国議会でも大きく取り上げられたそうです。

そして、日本学生協会の運動を精神的に指導者したのが、三井甲之、田所廣泰、黒上正一郎先生達でありましたが、その運動は大東亜戦争中に東條内閣と対立し、開戦後は、南方作戦の終了後も東條内閣が一向に終戦工作に取り掛からないのを見て、早期講和を求める運動を展開したそうです。

また、古代の防人や日露戦争中の軍人の和歌には、家族と別れて入営する辛さ悲しみも素直に詠まれていたにもかかわらず、大東亜戦争中はこの様な歌を発表すること自体を軍部が禁止したことを強く批判したそうです。

そして、国のために尽くしたいとする「公」の気持ちも、家族を心配する「私」の気持ちも共に偽りなき人間の「まごころ」であると主張したそうです。

つまり、戦争当時に流行した「滅私奉公」のスローガンに対して、「私」を大切に思いながらも、尚「公」に向かおうとする「背私向公」こそが人間の自然な感情とするものであると主張したのでした。

ところが、東條英機は司法省や内務省に取締りを命じ、彼らに同情的であった両省とも取締りをサポタージュしたため、東條英機は自ら子飼いの憲兵隊を使って、徹底的な弾圧を実行して日本学生協会及び精神科学研究所を壊滅に追い込んだとのことです。

この様な団体こそが本当に平和を追求する団体であり、戦前に前身を持つ戦後の平和団体の殆どは、大東亜戦争遂行の為に組織化された大政翼賛会的団体を前身としているのではないかと無法松は考えております。

では、今週も国民文化研究会の合宿を次に紹介して終わります。

国民文化研究会:http://goo.gl/YGUdGY

このホームページから合宿参加の申し込みができ、大学生のみならず一般社会人も参加できますので、是非とも皆様のお申し込みをお勧め致します。

日程は8月29日(土)から9月1日(火)の3泊4日で、費用は大学生2万円、社会人3万5千円(その他、交通費・必携書書籍費必要)で、講師は「長谷川三千子」先生(演題:三種の神器の謎を解こう!)です。

今年の合宿は60回目で、還暦を迎えます。

■無法松の本音

今年は大東亜戦争終結後70周年と言うことで、日本半日協会ことNHKを始めとして多くのマスゴミでは色々な反戦映画の放送を行っておりますが、先週の8日(土)より全国で半藤一利原作の「日本のいちばんながい日」の映画が放映されております。

無法松は昨年の今頃も次の様なことを述べましたが、なぜあの大東亜戦争はもっと早く終結できなかったのかと言う問いに、無法松は我が大和民族の魂がちょうどこの8月15日を大東亜戦争終結の日に選んだと答えたいと数年前より思っております。

明治以来、我が国は西欧列強の制度を形振(なりふ)り構わず採り入れ、暦は旧暦より新暦へと改暦され、西欧合理主義を知らぬ我が大和民族の悠揚たる精神は、侍の没落と共に次第にせせこましい、余裕のない窮屈な精神へと変貌を遂げて行ったのであります。

それでもまだ明治時代には侍の末裔達が生きており、日清・日露戦争に勝利するなど、我が国は一応の近代化には成功したものの、西欧合理主義に侵された我が大和民族の精神は明治45年の乃木さんの自決と共に、大きく変貌していきました。

しかしながら、ラフカデェオハーンこと小泉八雲先生が明治時代と言う大きく変わろうとしている時代においても感じられた大和民族の魂は今でも生きております。

その大和民族の魂が、蘇るのが盆なのです。

だからこそ、この盆の最終日の8月15日が大東亜戦争終結の日となり、翌日16日には送り火を焚き大東亜戦争で亡くなられた人々の魂を、70年間、大和民族の魂の故郷へお送りしているのです。

そこで話しは総理大臣談話に変わりますが、この大東亜戦争終結後70周年の談話としては、本来はこの大和民族の魂に触れ、先の戦いに斃れし人々の魂を御慰め申し上げることが先決であります。

そこから始めなければ戦中、戦前に亡くなられた人々の魂に対する戦後70年間の裏切りと偽善の時代はこれからも続くことになり、真の平和な時代は来るどころか、またも今よりも酷い時代がやって来ることでしょう。


天下の無法松

本当に暑くてたまりませんね。

北九州地方は梅雨が明けるのが非常に遅く、先月末近くになってようやく梅雨が明けたと思ったら、北九州地方も猛烈な激暑が続いておりますが、皆様は如何お過ごしでしょうか。

今週は大東亜戦争後の事では無く、戦前・戦中のことについて先に述べた国民文化研究会の前身の各団体、人物を再度、取り上げてみます。

その団体は先に述べた様に、大きくは日本学生協会と精神科学研究所と言う2つの団体があり、今回は次のURLの内容を紹介しながら、その団体におられた方々の人物像について触れたいと思います。

国民文化研究会Wikipedia:https://goo.gl/k32476

戦前の東京帝国大学で、日本学生協会のメンバーであられた小田村寅二郎先生は戦前から既にマルクス・レーニン主義に侵されていた東大教授達の共産主義的洗脳教育を批判して、当時の新興宗教団体の一つの「生長の家」の機関紙にその批判を投稿したそうです。

東京帝国大学における学生思想問題と学内管理に関する研究:http://goo.gl/2PEQvz

小田村寅二郎先生は日本反日協会の大河ドラマに出ている小田村伊之助(楫取素彦)の御子孫ですが、この公然たる東大学風批判事件(小田村事件)が、帝国議会でも大きく取り上げられたそうです。

そして、日本学生協会の運動を精神的に指導者したのが、三井甲之、田所廣泰、黒上正一郎先生達でありましたが、その運動は大東亜戦争中に東條内閣と対立し、開戦後は、南方作戦の終了後も東條内閣が一向に終戦工作に取り掛からないのを見て、早期講和を求める運動を展開したそうです。

また、古代の防人や日露戦争中の軍人の和歌には、家族と別れて入営する辛さ悲しみも素直に詠まれていたにもかかわらず、大東亜戦争中はこの様な歌を発表すること自体を軍部が禁止したことを強く批判したそうです。

そして、国のために尽くしたいとする「公」の気持ちも、家族を心配する「私」の気持ちも共に偽りなき人間の「まごころ」であると主張したそうです。

つまり、戦争当時に流行した「滅私奉公」のスローガンに対して、「私」を大切に思いながらも、尚「公」に向かおうとする「背私向公」こそが人間の自然な感情とするものであると主張したのでした。

ところが、東條英機は司法省や内務省に取締りを命じ、彼らに同情的であった両省とも取締りをサポタージュしたため、東條英機は自ら子飼いの憲兵隊を使って、徹底的な弾圧を実行して日本学生協会及び精神科学研究所を壊滅に追い込んだとのことです。

この様な団体こそが本当に平和を追求する団体であり、戦前に前身を持つ戦後の平和団体の殆どは、大東亜戦争遂行の為に組織化された大政翼賛会的団体を前身としているのではないかと無法松は考えております。

では、今週も国民文化研究会の合宿を次に紹介して終わります。

国民文化研究会:http://goo.gl/YGUdGY

このホームページから合宿参加の申し込みができ、大学生のみならず一般社会人も参加できますので、是非とも皆様のお申し込みをお勧め致します。

日程は8月29日(土)から9月1日(火)の3泊4日で、費用は大学生2万円、社会人3万5千円(その他、交通費・必携書書籍費必要)で、講師は「長谷川三千子」先生(演題:三種の神器の謎を解こう!)です。

今年の合宿は60回目で、還暦を迎えます。

■無法松の本音

今年は大東亜戦争終結後70周年と言うことで、日本半日協会ことNHKを始めとして多くのマスゴミでは色々な反戦映画の放送を行っておりますが、先週の8日(土)より全国で半藤一利原作の「日本のいちばんながい日」の映画が放映されております。

無法松は昨年の今頃も次の様なことを述べましたが、なぜあの大東亜戦争はもっと早く終結できなかったのかと言う問いに、無法松は我が大和民族の魂がちょうどこの8月15日を大東亜戦争終結の日に選んだと答えたいと数年前より思っております。

明治以来、我が国は西欧列強の制度を形振(なりふ)り構わず採り入れ、暦は旧暦より新暦へと改暦され、西欧合理主義を知らぬ我が大和民族の悠揚たる精神は、侍の没落と共に次第にせせこましい、余裕のない窮屈な精神へと変貌を遂げて行ったのであります。

それでもまだ明治時代には侍の末裔達が生きており、日清・日露戦争に勝利するなど、我が国は一応の近代化には成功したものの、西欧合理主義に侵された我が大和民族の精神は明治45年の乃木さんの自決と共に、大きく変貌していきました。

しかしながら、ラフカデェオハーンこと小泉八雲先生が明治時代と言う大きく変わろうとしている時代においても感じられた大和民族の魂は今でも生きております。

その大和民族の魂が、蘇るのが盆なのです。

だからこそ、この盆の最終日の8月15日が大東亜戦争終結の日となり、翌日16日には送り火を焚き大東亜戦争で亡くなられた人々の魂を、70年間、大和民族の魂の故郷へお送りしているのです。

そこで話しは総理大臣談話に変わりますが、この大東亜戦争終結後70周年の談話としては、本来はこの大和民族の魂に触れ、先の戦いに斃れし人々の魂を御慰め申し上げることが先決であります。

そこから始めなければ戦中、戦前に亡くなられた人々の魂に対する戦後70年間の裏切りと偽善の時代はこれからも続くことになり、真の平和な時代は来るどころか、またも今よりも酷い時代がやって来ることでしょう。

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